彼の願い

UD

めがねのおじさん

「まって。おかしいよね? どうしてこの家に知らない人が当たり前に暮らしてるの?」

 彼が少し家を空けると買い物に出かけた間に母に尋ねた。


「知らない人じゃないでしょう、さっき紹介したじゃない」

「いやおかしいでしょ。さっき紹介されたけど全く知らない人だよ?」

「だから言ったでしょう。私が買い物の荷物が多くて困ってたら助けてくれたのよ」

「うん、聞いた、聞いたよ。だからなんでその買い物の荷物を家まで運んでくれた人がそのままこの家で暮らしてんのよ」


「それはほかにも困ったことがあったからね。電気やらガスやら。支払いとか。私も歳でいろいろ難しいからねえ。助かってるわ」

「なに言ってんの? 他人だよ? わかってる?! で、あのおじさん、なんなの!?」


「スギモトさん?」

「なんで疑問形なのよ。そして名前を聞いてるんじゃないわ! なんで人んちに勝手に上がり込んで普通に暮らしてんのよ! え? 母さんもしかしてあのおじさんと?」

「なにバカなことを言ってんのよ、私はもう七十よ。そんなことあるわけないでしょう」

「ならなんであのめがねおじさんはこの家で暮らしてんのよ!」


 数年間、感染症の影響で帰省できず、数年ぶりに実家に戻ると、一人暮らしの母の住む実家に、知らないめがねおじさんが転がり込んでいた。あり得ない。


 あり得ないことが起こっている。


 問い詰める私に母が不思議そうに言った。

「いい人よ、困ったことがあったらやってくれるし、手続きとかも全部やってくれるしね」

「なに言ってんの? お金や権利証見せて! きっと詐欺かなんかだわ」

「馬鹿なこと言わないで! スギモトさんは親切でやってくれているんだよ。悪く言わないの」


 調べてみると、母の言う通り、通帳も権利証の類もすべて適正な金額で動いている。


 まさか本当にただの親切?


 そんなわけはない、見ず知らずの人に家に転がり込んでそのまま普通に生活するなんてことが普通なわけがない。


 彼の狙いはいったい何なの?


(完)

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