幸せな犬

半ノ木ゆか

*幸せな犬*

 青空の下。村のはずれのごみ捨場に狼が群がっている。そこへ、毛皮を着た二人組が駈けてきた。大声で脅して、槍を構えるふりをする。狼たちは恐れをなして、キャンキャン言いながら退散した。

 丘の向うへ逃げてゆきながら、何度もこちらを振り返っている。群れを見送り、一人が頭を搔いた。

「弱ったな。あいつら、村の近くに住み着いたらしい」

「寝床に忍び込んだり、子供を襲ったりしないといいんだけど」

 夕飯の席で、彼らはこの事を報せた。厄介なお隣さんに、みんなは頭を悩ませた。

「この際だ。不意を突いて巣に攻め込もう。あんな狼、やっつけてしまえばいい」

「奴らは利口だ。人を恨んで、仕返しに来るかもしれない」

「いっそのこと、村ごと遠くへ越してしまおうか」

「昔からあの群れは、我々のおこぼれを漁ってきた。引っ越しても、どうせいてくるだろう」

 腕を組んで考え込んでいた一人の青年が、顔を上げた。

「試しに、村に住まわせてみるのはどうだろう。狼は賢いし、鼻も利く。狩りに連れてゆけば、役に立つかもしれない」

 その言葉に、村人たちはどよめいた。

「狼を飼うだなんて、聞いたことがない。万が一にも、牙をむいたらどうするんだ」

「そうならないように、よく躾けるんだ。しかも、特に大人しくて物分りのいい奴を選んでね」

「生き物を馴らすということがどんなに大事おおごとか、解っているのか」

 厳しい目つきで、村長が言った。

「一頭だけならば、その命が尽きるまで面倒を見ればよろしい。しかし、つがいを飼えばどうなる? 孫も曾孫ひまごも、この村で飼うことになる。人の都合で生かしたり、殺したりできるということだ。そんなことを続けていれば、狼が狼でなくなってしまう。ふたたび野山へ帰すこともできなくなるぞ」

 青年は愉快そうに笑った。

「村長は大袈裟ですね。……狼の子は狼です。そう、姿形が変ったりしませんよ。それに、村には食べ物もたくさんあります。人と一緒に暮すほうが、狼もだと思うんです」

 青年は松明を掲げ、ごみ捨場にやってきた。黒い影たちがこちらに気付いて、一目散に逃げてゆく。だが、じっとしているものが一つだけいた。

 若い狼だった。青年と目が合うと、咥えていた骨を放り出した。くりくりした黒い目で見上げてくる。お行儀よく前足を揃えて、ちんまりと坐っていた。

「お前、よく見たら可愛い顔してるな」

 青年は笑みをこぼした。

 距離を保ったまましゃがみ、語りかける。

「今度、一緒に狩りに行くか?」

 狼は嬉しそうに尻尾を振って、「ワン!」と元気よく吠えた。



「先日入荷したミーアキャットの赤ちゃん、四十三万円で販売中です!」

 ホームセンターに店内放送が響いた。

 ショーケースには、いろいろな姿形の犬が所狭しと並んでいる。耳がだらんと垂れ下がったもの、もさもさの毛で被われたもの、胴長短足のもの、顔がぺしゃんこに潰れたもの――。虎のように大きなものもいれば、兎のように小さなものもいる。毛の色や性格も様々で、品種や年齢、性別によって値段が違っていた。

 骨の形をした犬用のおもちゃがころんと転がっている。その傍で、年をとったトイプードルが伏せていた。くりくりとした黒い目の見つめる先には、一組の親子が立っている。

「わたし、フクロモモンガ飼いたい!」

 目をきらきらさせて、女の子がねだった。母親が困ったように言う。

「あんなちっちゃいの、すぐ死んじゃうよ。トイプードルとかどう? 可愛いと思うけど」

 女の子はつまらなそうに首を横に振った。

「犬なんかいらない。めずらしくないもん」

 倉庫には、檻に入れられた小動物がうずたかく積まれている。事務机の前で、店長が部下に指図した。

「四番の雄のトイプードル、来週保健所に連れていってくれるかな。年寄で、もう売れないだろうから。もちろん私服で行ってね」

 店長はキャスター椅子に腰掛けると、にこにこしながら電話をかけた。

「いつもお世話になっております。ペットショップ・しあわせ♡わんわんの加藤です。コツメカワウソを仕入れたいのですが、在庫はありますでしょうか。……野生では絶滅しかけているくらい、需要がありますからね。弊店でも人気の商品です。規制が厳しくなる前に、一匹でも多く売り出したいと考えております」

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