いつから俺の飼い猫になったんだ?

黒羽カラス

第1話 縁側に一匹と一人

 庭の半分くらいを畑として利用している。最近、ホウレン草の種を植えた。時期としては合っているのだが、寒い日が続いたせいで一向いっこうに芽を出さない。

 打って変わって今日は朝からほんのりと暖かい。期待できるかもしれないと部屋のカーテンを勢いよく開けた。視線を上げると白い雲の合間から青い空がのぞいている。

 一気に期待感が膨らんで足早に階段を下りた。薄暗い居間を突っ切り、カーテンとレースの合わせ目を広げた。窓越しに右手を見ると芽が出ていた。数はまばらで全てが発芽するのは一週間程度を要すると判断した。

 そうは思っても嬉しくて、その日の執筆は快調に進み、明日の休みを確保した。


 翌日も天候に恵まれてすっきりと晴れた。ウキウキした気分で一階に下りてホウレン草を確認する。昨日とは違い、土が異様に盛り上がって黒く変色していた。夜半に雨が降った訳ではない。他のところは白っぽく乾いた状態だった。

 大波に乗り上げたような芽が幾つも見える。軽く息をいてビニール袋と小型のスコップを手に庭へ出た。大きな穴が開いたところを少し掘るとカリントウのような物体が現れた。スコップの先端で押すと柔らかいことがわかる。手早くビニール袋の中に収めた。

 大型の鹿や猪の仕業ではない。山が近いのでイタチやテン、タヌキの可能性が濃厚。これが自然の醍醐味だいごみと考え、土を平らにして芽を定位置に戻した。背中に当たる朝陽が強くて喉の渇きを覚えた。

 今日は自分で決めた休日。朝から酒を呑んでもいいだろうと思い至る。

 場所は縁側で日当たりの良いところに座布団を置いた。すずのチロリに日本酒をたっぷりと注ぎ、時間を掛けて湯煎ゆせんにした。お猪口ちょことセットで縁側に持ち込み、早々に手酌てじゃくで始めた。

 ゆるゆると風が吹く。甘い香りが強くなる。左手にあるロウバイに目をやると別の物が目に付いた。

 縁側の左端に首輪を付けていない白猫がうつぶせの状態でいた。朝陽を浴びて目を細め、気だるげに尻尾を振る。なるほど、と心の中で理解した。フンの出所を突き止めて少しすっきりした。

 チロリでお猪口に酒を注ぐ。音を立てないようにしてゆっくりとした動作で口に運び、チビリと呑んだ。横目をやると白猫は同じ姿で大きな欠伸をした。前脚を器用に使って顔を洗う。

 天候が気になって空へ目をやる。雨を降らすような黒雲は見当たらない。気分よく呑み進めた。

 チロリが空になった。左端の白猫は同じような姿で居座る。立ち上がった瞬間、逃げ出すことが容易に想像できる。しかし、呑みたい欲求は強く、少しの躊躇ためらいを見せながらも静かに立った。

 警戒させないように白猫への視線を控えた。速やかに家の中に入って湯煎を始める。完成まで待てず、ぬる燗で縁側に戻った。

 座布団に腰を下ろし、一息入れてそっと横目をやる。

 白猫はいた。背中が無性に痒いのか。仰向けの状態で身体をくねらせる。

 そんな姿をさかなに酒を呑む。緩む表情を自覚して、自由だなぁ、と胸の中で呟いた。


 青空の下、俺と白猫は勝手気ままに時を過ごした。

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