第2話 「こんなはずじゃなかったー」
淑女には語学力も求められる。
他国との交渉には外国語は必須だ。
ところが、平民出のリリカは外国語に触れる機会もなかったため、なかなか習得できないでいた。
私は前世で、偶然にも外語大学を出ていて教員免許ももっていたから、外国語を教えることには絶対的な自信がある。
なんてたって、こっちはプロなんですから。
「リリカさま、わたくし外国語が得意ですの。よろしかったら個別に教えてさしあげてもよろしくってよ。
放課後図書室でお待ちしておりますわ」
リリカがおびえている。まるで小動物みたいに素早く廊下を駆けて行った。
これで私の恐ろしさがわかったかしら。
これは私の狡猾な罠よ。親切なふりをして・・・ちゃんと外国語を教えた対価はいただくわ。
「イザベラ、また何か悪だくみをしたな」
「おや、脇役のロベルト、ごきげんよう」
「聞いたぞ、リリカに勉強を教えてやるから図書室に来いと言ったんだろ。監禁でもするつもりか」
「あら、人聞きの悪い。わたくしは親切に外国語を教えてさしあげようとしただけですのに」
「それは本当か」
「もちろん。ただし、その対価はいただきますわ」
「何だと、やっぱり悪事じゃないか。まさか銀貨三枚とか請求するつもりじゃ。不当請求じゃないか」
「銀貨三枚ですって? 笑わせないでくださる?
わたくしたち貴族でも手に入れがたいものを、リリカには支払っていただきますわ。
わたくしの時間と労力の対価として、とびきりのスマイルをね」
「何言ってるんだ」
「ふふふふふ、どう?
わたくしと図書室にいるというだけで恐ろしいのに、とびきりのスマイルをしなければならないという不当請求よ。
悪徳業者も真っ青な請求に、震えあがるリリカの姿が見えるようだわ・・・・」
「確かにそんな請求は悪徳業者でもしない」
*
私は自分が犯した悪行の数々を思い出して、ほくそ笑んでいた。
リリカがジョバンニ王子に伝えた内容とは、多少の相違があったが、とりあえず婚約破棄までしてくれてほんとうにやれやれだ。
これで私は国外追放か、処刑でしょう。
しかし、ここまで悪役令嬢を生き抜いたのだ。
私はもうどんな運命でも受けて立つ覚悟はできていた。
ジョバンニ王子は私の顔を睨みつけて宣言した。
「イザベラ・ヴィスコンティ、お前をマエストロ城に幽閉する」
幽閉ときたか。予想外だけどそれも一興。私は、なんとしてでもそこから脱走してやるから。
そこへ、ドリーア国王と王妃が現れた。
国王の登場に、大広間の人々は全員うやうやしく一斉に頭をさげお迎えした。
「何を騒いでおるのだ。イザベラを幽閉すると聞こえてきたが、ジョバンニ説明しろ」
国王の登場で、さっきまで偉そうにしていた第三王子ジョバンニは背をまるめ、蚊のなくような声でぼそぼそといきさつを説明しはじめた。
「そうか、それでジョバンニ、お前は当然その話の裏をとったんだろうな。
まさか確たる証拠もなしにその娘の話を信じたわけではあるまいな」
ジョバンニはきまり悪そうに「とってません」とつぶやくと、王は激怒した。
「バカもん! 実は、わしのほうで捜査し周りの証言を得ている。今までおまえが信じていた話とは相違がある。
イザベラは新入生のリリカにマナーや身だしなみを教え、ドレスを与え、失敗した刺繍を美しい刺繍にすり替え、
苦手な外国語を教えたが対価は受け取らず、足のケガを薬草バームで治してやった。
これが真相だ。そうだな、イザベラ」
陛下は確かに素晴らしい捜査員をお持ちのようで、私が行った悪事の数々を正確に言い当てた。
このせいで幽閉ではなくて、私は処刑になるかもしれない。
「陛下のおっしゃる通りで間違いございません」
「わかった。では、婚約破棄の話はなかったことに・・・・」
「え、ちょっとそれは困ります。リリカはジョバンニ王子と結婚しなければいけないのです。
そのために、わたくしはずっと努力してまいりましたのに」
「なんと、イザベラはリリカが憎くはないのか?」
「憎い? そのようなうすっぺらい感情のためにわたくしが動いたというのなら、大きな勘違いですわ。
どうか、婚約破棄をなかったことにするのをなかったことにしてください」
「ややこしいな。うーん・・・・、丁度いい、この宮廷に武術の稽古に来ているジュアン国の王子がいるはず。
彼にどう思うか聞いてみよう。ロベルト王子。どこだ」
ロベルトですか。ロベルト、どこかで聞いたような・・・・ああ、あの騎士団に入る予定の脇役。
「お呼びでしょうか、殿下」
あのロベルトだった。
「わたくしは一部始終を見ておりました。イザベラ様がリリカ様に善き行いをしてきた事も、今日の仕打ちも」
「それで、ロベルト王子はどう思う?」
「まことに勝手ではございますが、わたくしの願いを聞き入れていただけないでしょうか。
さすれば、今日の失態はすべて無かったものとし、噂が広がらないように対策もいたします。
そのほうが、陛下もわたくしの父も喜んでくれるものと・・・」
「ほう、その願いとは・・・」
「わたくしロベルト・ジュアンとイザベラ・ヴィスコンティ伯爵令嬢との婚約を仲人していただきたい」
突然の出来事に私は動揺し、悪役令嬢の役割を忘れてしまいそうだった。
「彼女はわたくしに、『何も学ばず、何も努力もせずに、夢ばかり叶うなんてつまらない』と教えてくれました。
そして、『どうせならその役を生き抜けばいい』と勇気づけてもくれました。
こんな女性に巡り会ったのは初めてですし、この後も会うことはないでしょう。
ぜひ、婚約のお取次ぎをお願いしたく存じ上げます」
そういえば、彼に偉そうにそう言ったような気がする。
しかし、それでは私の役目が・・・・・
「わかった。その願いきいてやろう。ジョバンニとリリカは二十日間、別々のダンジョンで修行すること。よいな」
「こんなはずじゃなかったー」
ジョバンニ王子とリリカが叫んでいるけど、いやいや、それ私のセリフですから。
「こんなの悪役令嬢じゃないわ。わたしをもっと恐れおののきなさいよ。悪役令嬢の役目は放棄しませんから。」
ロベルトは私に近づいてきて言った。
「いいんじゃないですか? 自称悪役令嬢で。
これからは、私の元でもっと悪事を働いてください。あー、こわーい」
自称悪役令嬢ですって? 笑わせてくれるわ。
ロベルトの元で悪事を働けるのなら、それでもいいけど。
わたくしは、自称悪役令嬢の役目は放棄しなくってよ。
さあ、戦慄を覚えながら婚姻生活を送る覚悟はできてて?
ー終わりー
悪役令嬢の役割は放棄しません 恐れおののきなさい 白神ブナ @nekomannma07
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