悪役令嬢の役割は放棄しません 恐れおののきなさい
白神ブナ
第1話 婚約破棄は晴れの舞台
「イザベラ・ヴィスコンティ伯爵令嬢、君との婚約はなかったことにする」
キターーーーーー!! その言葉を待っていました。
ベタな展開だけど、私はこの瞬間を待ちわびていた。
大好きなアニメ『白バラのソナタ』に転生して約十年間、私はこの婚約破棄のシーンをずっと楽しみに生きてきた。
もちろん、私はヒロインではなく悪役令嬢のイザベラ。
このアニメの面白さはヒロインではなく悪役令嬢の存在にある。
悪役令嬢イザベラに憧れていた私にとって、今日の婚約破棄は晴れの舞台と言っていいだろう。
「聞いているのか、イザベラ」
ジョバンニ王子に私の緩んだ口角を見られないように、手にした扇でそっと口元を隠した。
ヒロインと結ばれる運命の青年は、苦渋の決断をしたかのように見えるが、実はそうでもないことぐらい知っています。
ここは、ご期待に沿って困ったふりをしてさしあげますわ。
「聞いておりますジョバンニ王子様。けれども、公衆の面前でそのような大切な話をされるとは、どういうことでしょうか。
ジョバンニ様はわたくしに恥をかかせるおつもりなのかしら」
ジョバンニ王子は、ドリーア王国の第三王子だ。
長男の王太子は隣国の姫との婚約が決まっているし、次男は病弱でまだ婚約の予定はない。
三男ともなれば、好き勝手にできるかと言えばそうでもない。
所詮は両家の親か親戚同士でまとめた婚約で、それも後継者候補のスペアにすぎない。
私には最初から愛だの恋だのという浮かれた感情は微塵もなかった。
「だって、わたくし父からは何も伺っておりませんわ。これはなにかの間違いじゃありませんこと?」
「間違いなどではない。お前の陰湿ないじめや横暴な行いをしていた事実を、わたしが知らないとでもいうのか。
王立学校でのお前の行いは、ドーリア王国の妃になるには相応しくない。
よって、わたしはイザベラ・ヴィスコンティ伯爵令嬢との婚約を破棄し、このリリカ・ボルボーネ男爵令嬢と結婚の約束をする。
おいで、リリカ、皆に紹介しよう」
後ろの幕の端から、恥ずかしそうに顔を出したのはヒロインのリリカ。
そんなのわかっているわ。
わたしはドジで間抜けなヒロインのためにこの場を設定してやったのよ。
ジョバンニ王子は、最初から二股かけていたというわけ。
王族にはありがちなことなのでしょうね。
でも、王族だからって何でも許されるのはいかがなものか。
「王立学校でのいじめとはとんだ言いがかりですわ。身に覚えがございません」
「しらばっくれるな。お前はリリカを平民からの成り上がり貴族だと言って卑しめただろう。
それだけではない、わざとケガをさせて傷口に毒を塗った。
外国語ができないからと言って図書室に閉じ込めた。
お前の悪事はすべてわたしの耳に入っているのだぞ」
お前は刑事かと、思わずツッコミたくなる。
そう、リリカが王立学校に入学してきた日のことはよく覚えているわ。
*
ヒロインのリリカ。
彼女は平民から運よく貴族の仲間入りをしたので、貴族のマナーや身だしなみがいまひとつパッとしていなかった。
そんなヒロインでは王子の目に留まらないから、わたしは手を貸すことにした。もちろん悪意でね。
「あなた、リリカさまね。もう少しおしとやかにしたほうがいいわ。それに、そのドレスはちょっと流行おくれね。
わたくしが持っているフリルのドレスなんですけど、よかったら着て頂戴。王子様が好まれる清楚な水色よ」
どう? この悪行。
リリカったら、ヒロインのくせに恐れおののいているわ。そう、その顔よ。その顔が見たかったのよ。
「おい、イザベラ。お前、悪役令嬢のつもりか?」
声をかけてきたのは、騎士団に推薦が決まったロベルトだった。
ロベルトは後に騎士団長までのし上がる青年だ。
でも脇役だし、まず私は脳筋には興味がない。
そのまま無視して通り過ぎようとしたら、突然彼は私の腕をつかんで引き留めた。
「実は、俺も転生してきた。これはアニメ『白バラのソナタ』だろ。」
「な、なんですって? あなたは・・・・」
私のほかにも転生者がいたのには驚いた。
ひとりで悪役令嬢を存分に楽しもうと思っていたところに、余計な事をされて悪事がすぐばれたら困るんですけど。
でも、ストーリーをわかっている仲間が増えたと考えれば、こいつは利用価値があるかもしれない。
うまくこいつを巻き込んで悪事に協力させ、ヒロインを困らせるのも一興だ。どうせモブだし。
「ああ、わたくしはまた悪に手を染めてしまいましたわ」
「どこが悪なんだ」
「だって、王子の目に留まるように身だしなみを整えてやるのよ。どう? 戦慄が走りますでしょう?」
「お、おう。恐ろしい女だな(棒読み)」
「ロベルト、この物語を面白くするには、主人公が苦悩する姿が必要なのよ。おわかりでしょう」
「まあ、それはそうだが・・・」
「悪役令嬢あってのハッピーエンドなのよ。
ただの平民から貴族に成り上がって最終的には王子と結婚するってどうよ。
何も学ばず、何も努力もせずに、夢ばかり叶うなんてつまらない物語に満足する民衆はいないわ」
「でも、最終的にどうなるかなんてこの時点ではわからないじゃん」
「論点がズレていますわ。
間違った解釈を偉そうにおっしゃいますけど、どういう苦悩と落胆でストーリーが 構築されていくかがポイントなのよ。
それで物語のクオリティは決まるものなの」
「確かに」
「あなた、どうせ脇役でしょうけど、どうせ転生したのならその役を生き抜けばよろしいんじゃない?」
ロベルトは「はい」とだけ答えたが、妙に納得したような表情だった。
「わかったらわたくしの悪事に手を貸す事ね。おほほほほ」
*
淑女は刺繍も上手にできなくてはならない。
ところが、リリカの刺繍はどうみても雑巾の波縫いのようで美とは大きくかけはなれていた。
なんという下手糞な刺繍なのでしょう。私は誰も見ていないのを確認して、私の刺繍とすり替えてやった。
今までリリカがせっせと縫い上げてきた努力が徒労に終わる。
いい気味だわ。
ロベルトに私の悪事をどや顔で自慢すると、
「すごいな、そりゃ。でも悪行じゃないような気が・・・・」
「何かおっしゃいまして?」
「あー、こわーい。リリカもびっくりするだろうねぇ」
相変わらず同調してくれるロベルトだが、言い方が棒読みってアホなの?
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