後編
人一人居ない夜の朱雀大路。黄土色の髪を振り乱し、赤い目をした
もちろん
「もう十分怖がらせただろう。宮の人々も懲りている。そろそろ止めろ、竹の精」
魔手麻呂は雲から降りて、煤に汚れた薄緑色の着物を
「官吏達とはいえ、くさっても陰陽師だ。彼らが張った結界を破るのは並大抵では無いぞ。痛い目に会う前に余生をどこかの山際ででも過ごしたらどうなんだ」
「お前にも頼んだのに、この役立たずめ」
翁の赤い目が異様な光を放ち、朱雀大路を禍々しく照らした。
「我が
「それは、聞き捨てならないな」
魔手麻呂の手が動き、彼の両脇に
竹の精の顔色が変わる。
「我が行く手を阻む気か、魔手麻呂」
竹の精は全身から怒りの炎を噴き出す。竹の節にぽかりと空いた穴から、竹の精は炎を吹き込み始めた。
竹の精の周りは緑色に輝き、術を通さぬ結界となっている。
翁はどうだとばかりに魔手麻呂を見ながら、にやりと笑って見せた
炎は竹を伝って下に降りる。
炎が通り過ぎたところは竹が真っ赤に光り、そしてすぐさま黒く変色した。
みるみるうちに朱雀大路の竹は、天に向かって赤く輝いたと思うと、黒く変色していく。……ということは、地上の竹が黒くなったところまで地下を伝わって炎が到達していると言うことだ。
「もう誰もわしを止めることはできぬ」
竹の精は、竹にかじりついて炎を竹に吹き込み続けた。
「青電鬼っ」
魔手麻呂に言われるまでもなく、すでに宙に舞い上がっていた青電鬼は薄衣を両手に持って舞っていた。
魔手麻呂の左手があがる。
青電鬼の周りのぼおっとしたきらめきは魔手麻呂の手に吸い込まれていき、彼の手は青白く輝いた。
「飛雷神っ」
すでに
彼の立つ竹が黒く変化したその時。
魔手麻呂の手が大きく弧を描き、手から放たれた青白い光線は太い雷の帯となって飛雷神の角に吸い込まれた。
どーんっと大きな音が響き、朱雀大路が揺れる。
「うおおおおおっ!」
硬直した竹の精が青く光りながら叫びを上げる。
連なった朱雀大路の竹も、ビリビリと震えながら同じように青い光を発した。そしてパンっとはぜながら地上から消えていく。
「おのれ、魔手麻呂っ、何をした」
倒れ伏した竹の精が陰陽師をにらむ。
「黒焦げの竹は、雷電をよく通すのだよ。お前が燃やしてくれたおかげで、黒くなった地下の竹を通して、こちら側に向かって雷電の通り道ができたって訳だ。お前の結界もすり抜けてな」
「人間ふぜいに百年の呪を持つわしが敗れるとは、ああ、口惜しい……」
竹の精は泡を吹きながらみるみるうちに黒くしなびていく。
「このたびの事は、こちらの
魔手麻呂は竹の精がいた場所に一枚残された竹の葉を拾い上げる。
「このままで終われとは言わない。私に良い考えがあるのだ」
彼は竹の葉に唇を寄せてそっと何やらつぶやいた。
「心ゆくまで、恨みを晴らすとよい」
いつの間にか弓削豪満の庭に生えた数本の竹には、奇妙な穴がいくつか空いていた。
風が吹くと、その穴から近隣に不思議な声が響きわたる。
「おろかもの~、おろかもの~」
周りの人々はいつしか豪満の屋敷を「化け物屋敷」と呼ぶようになった。
陰陽師の家に化け物が巣くっては恥でしか無い。
朝な夕なのこき下ろしに豪満は頭を抱えた。
「あやつの仕業だな。おのれ、魔手麻呂っ」
ついに頭にきた豪満が斧を振り上げて、竹に斬りかかる。
と、いきなり地下から茎が盛り上がって、豪満の足を引っかけた。
昨夜の雨で地面には水たまりができている。激しい水音とともに、陰陽師頭は顔から水たまりにつっこんだ。
「おろかもの、おろかもの~」
それを見て、竹はさらに楽しげに唄うのであった。
千年後、京都の竹を炭化させたものがトーマス・アルバ・エジソンによって、電球のフィラメントに使われる。その竹は京都の裏鬼門を守る石清水八幡宮の真竹であった。
おのれ! 魔手麻呂 不二原光菓 @HujiwaraMika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。おのれ! 魔手麻呂の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます