第10話 覚悟と頭なでなで
「何してるんだいっ!ミツキッ!」
アンヌの拘束を振りほどいた大男は、走り出していた。この場にいる一番脅威である存在を美月だと嗅ぎ分けて。
「いや……私には……」
恐怖で立ち尽くしている美月。槍を持つ手だけじゃなく、体をただ震わせて、
「あぁ……もう手のかかる奴だよなっ!」
大男の走る勢いで舞い上がる砂の中で、異能スキルで美月を守る準備をし、かざした左手越しに見える美月の後姿に俺はあの日を重ねていた。
「ひどい、ひどいよ……なんでそんな…裏切るようなこと、できるのよっ!」
誤解と悔恨にまみれた夕暮れ。雫を瞳にいっぱい貯め込んだひなたが、学校の廊下を駆け出していく記憶。あの時のオレンジ色の日差しは肩にのしかかるように重かったのを覚えている。
あぁ……でもあの夕暮れとは違う。
逃げていく美月を追いかけるために手を伸ばしてるんじゃないんだから。危険な目に合いそうな美月を守るために手を伸ばしているんだから!
「って……何しょうもないこと考えてんだか……」
再び閃光が目を覆う。有無を言わせない衝撃が瞬時に体全体に駆け回った。
「……ぁあ」
「ミツ……ツ……キ、ミツキ!」
横たわったままの景色にはアンヌと美月が映っている。
血が体中から抜けていく。薄れていく意識の中で、自分の体を確認すると、腕は歪に曲がり、皮膚という皮膚がほとんどずたずたになっているのが分かった。
「……っ…あっ」
「ミツキ、あんた大丈夫かい!?」
「えっ……痛くない………っ!徹っ!」
少しだけ、うめき声が漏れてしまって、美月がこっちを向く。
こっち向くなよ、ミツキ……
こんなボロ雑巾みたいになってる俺なんか見てほしくないんだけどなぁ……
「ははっ……さすがに二度目は堪えるかな……」
「ごめっ……私そんな……」
必死な誤魔化しも美月の前では空しく散って、俺の目の前で綺麗な瞳から一粒、二粒と涙がこぼれていく。
「ミツキッ! あんた好きな相手を痛めつけるのが趣味かい?」
「そんな言い方って…うっ…」
「あんたはもう黙ってな!」
張りのある声が美月を責める。
何とか美月をフォローしようと声を出す俺の方を向いて、叱るアンヌは向きを変える。
「ミツキ……あんた好きな相手を痛めつけるのが趣味なのかい?」
「違っ……」
震える声の美月を前に
「だったら、しっかりしな!優しいことは良いことだよ、けどね、あんたが本当に守りたいものちゃんと見るんだよ!」
アンヌはそれでも優しく、強かった。
美月の思いを配慮して、けどちゃんと正しいことを見据えていた。
だから、俺もアンヌの言葉に乗っか……
「ゴホッ……美月の守りたいものって……なんです…か」
乗っかる事なんてできないので、激痛に耐えながらも、必死にかっこつけた。
「バカ言ってる場合かね、今!」
「ナニ、ウダウダ、イッテル………メンドウダ、ゼンブ、コロス!」
怒りに身を任せ、大男は棍棒を振り回す。
立つ気力どころか、立つ筋肉が引きちぎれ繋がっていない体に
「にげっ……んぅっ!」
俺は顎をしゃくらせることで逃げろと促すが、
「っ……どうするんだい、美月!」
アンヌはそれを許さず、美月に発破をかける。
「いや……いやっ……」
「いい加減にしなっ! あんた、トオルが死んでもいいのかい!?」
やめてくれ……美月は……虫も殺せないような……優しい子だから……
「あんたが判断するんだよっ!ミツキ!」
「俺はいい……から……なんとか…する……だから美月が抱えることなん………て」
そうさ、何してる。早く起きろ……起きろ……
美月を助けれなくて……何が……
「シネェ!」
―――やめろっ!
一瞬だった……。
「あぁあああああああああ!!」
赤い閃光が目の前に広がったと思ったら、
「グィッ……ヴオォ………」
美月の放った一閃は大男の腹部を穿ち、鮮やかな血の色をした臓物を露わにしていた。
「ウッ……シニ……タク……ナィ……」
徐々に弱っていくうめき声とともに大男は地面に突っ伏す。
巨体ゆえ、倒れた時の振動は凄まじいものだったが、すぐにその場には静寂が訪れる。
ピクリとも動かなくなった死体から零れ落ちる血液だけが、まるで生きているように見えた。
「いっ……いっ……」
「みつ……き……」
勝ったとは思えないほど苦々しい空気が流れる。
血の匂いとお互いにボロボロの体。
「いやぁああ……私、わたし……」
自分がトドメを刺した事実と槍にべっとりとついた血を見て、肩を震わせて美月はうずくまる。
そんな顔……しないでくれよ……
頼むからさ……
涙をぽろぽろと零す美月の姿を最後に、俺は意識を失った。
………
……
…
「んんぅ……ごほっ……」
生臭い血の匂いと鉄の味で意識が戻ってくる。
「あっ………きさん……みつ……さん、トオルさんが起き…したっ!」
「………っ?」
聞いたことのある透き通る声がして、目を開けようとする。
けれど、瞼が腫れているせいか、なかなか開けることができない。
辛うじて、体を包み込む暖かい布の感触で自分がベットにいることだけは理解した。
「トオルさ……聞こえ……やく、ガーゼを……口の中に血が溜まって……」
「……シル……フィー……さん?」
「っ……はい! 私です、シルフィーです!」
記憶の中から引っ張り出したその人の名前を呼ぶと安心したみたいに息の漏れた上ずった声が聞こえてきた。
「俺……」
全身を蝕む倦怠感と口に溜まる血の味を我慢して、声を出す。
「今は話さないでください。肺の損傷が激しくて、血が口の中に溜まっているんです」
「っうぇ……んっはぁ……はぁ……聞いて……ください……」
「聞きますから………後で……」
「今じゃないと……言えない……から」
「どうして……」
見えなくても心配そうにしているシルフィーさんの顔が想像できるみたいだった。それでも今は自分のこの気持ちを抑えきれず、口内に溜まっていく血をあてがわれているだろうガーゼに吐き出しながら、言葉をつづける。
「……俺、守っ……れなかった……」
「………」
「美月を守るために……力を使ったのに……」
鼻先がじんっと熱くなる。
「むしろ……守られることしかできなくて……」
「そんなことないっ! あなたは彼女を実際に守って……」
「見たんだ……」
「何を……ですか?」
意識を失う直前の景色。
「美月が……自分の手についた血を見て、泣いてたんだよ……」
「っ………」
「何も分からない異世界に飛ばされて、怖いはずの美月に……人を殺すなんて業を背負わせて……」
―――ほんと……
「何やってんだよぉ……おれぇ……」
上手く開かない瞼から涙が弱弱しく流れるのを感じた。
「だから……今……なんですね」
「んっ……?」
「ミツキさんに……弱音吐いてるところ見せたくないから……」
「………すみま…せん」
見えないからこそ、言えたのかもしれない。
体を動かせないからこそ、正直になれたのかもしれない。
……メルティ―さんだから、見せることができたのかもしれない。
美月には決して見せることのできない弱い自分を。
「大丈夫です……あなたはよくやってますよ……」
「……っ! ちょっと……メルティ―さん……」
「ふふっ……目の前でのろけられたんだから、これくらい許してください」
柔らかな手が髪の毛の間を通る。
気遣うようにゆっくりと沿わされる指は、痛くない程度に髪の毛をひねったり、逆にとかしたり、おもちゃのように弄ぶ。
ゴワゴワした髪質のせいか、彼女の滑らかで温かい感触をより鮮明に感じた。
「赤ちゃん……じゃないんですから……」
「ふふっ……そうですね……立派な男の子ですよ……」
気恥ずかしさで頭を払うが、ベッドにくぎ付けにされている体にメルティ―さんの猛攻から逃げることはできない。
「……そういうのも恥ずかしいですから」
「あっ……ここ、枝毛になってる……ふふっ」
「メルティ―さん……」
俺の声も聞こえていないのか、さわさわと頭を撫でまわされること、数分間。
彼女の手が止まることはなかった。
………
……
…
「どうして、どうしてなの……落ちない……落ちないよぉ……」
真っ白な自分の手を洗っても洗っても、頭の中にこべりついた血が落ちることはない。
――シニタクナイ
「いやっ! 違うの……私、殺すつもりなんか……」
――ユルサナイ
「っ……来ないで、来ないでよぉっ!」
私の前にあの大男の怨嗟の幻影が見えるようになって、数週間。
「来ないでって……言ってるでしょ……」
私の大切で……憎むべき人は目を覚まさない。
「……助けてよぉ、徹」
元カノと一緒に魔王討伐 ~俺が嫌いな元カノと、俺が好きな聖女さん~ hiziking @hiziking-sub
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