第9話 躊躇と姉御肌
「あなたは…一体?」
「あたいかい?あたいはアンヌ!アンヌ・ハルシオン。王国随一の重戦士さ!」
美月を、大男の攻撃から、大きな盾と巨大な体で守り切って見せた鎧の戦士は、アンヌと名乗る。アンヌの顔は鉄の兜で、覆われていたが、すっきりと通るような少し高い声に、癖っ毛の赤くて、長い後ろ髪が兜の隙間からはみ出していて、頑強な体格の中に残る柔らかなフォルムから、アンヌが女性だということが分かった。
「エルディアの野郎に頼まれて、メルティー達の手助けを頼まれたんだが、本当にあんたら、タイミングよかったね…」
そう言いながら、余裕そうにこちらを振り向くアンヌさんの盾は依然として、大男の巨大な槌を受け止めていたが、微動だにしていない。
「グゥウウ…ジャマ、スルナッ!」
「…おっと、あたいに力勝負を挑むなんて、いい度胸じゃないか…」
大男は突然現れた彼女に怒りの矛先を変え、盾ごとアンヌさんをつぶそうと、腕に血管が浮き出るほど力を込めるのが見て取れた。
しかし…
「ドウシテ…」
「ふっ…鍛え方が違うのさ!うぅ………ふんっ!」
「ウァッ………!」
微動だにしていないアンヌさんは、叩きつけられた大男の木槌ごと、盾を前方に振りぬく。大男が吹き飛ばされることで、巻き上げられた土埃の中で、彼女はこちらを振り返った。
「ほらっ、これ使いなっ!」
そう言って、アンヌさんは腰の革袋から何かを俺と美月にそれぞれ投げた。
「これは?」
「それは、国選の治療師が作ったポーションだよ。あんたらが立てるようになるくらいには効き目が強いから試しに飲んでみな」
アンヌさんに渡されたものを確認してみると、綺麗な装飾が施された小瓶に、エメラルドグリーンのどろっとした液体が詰められていた。
「これ…飲むんですか?」
「ん?そうだが?」
「いやぁ………ちょっと」
とてもじゃないが、人が飲むようなものとは思えないほど、光り輝いているそのポーションに、俺は飲むのをためらう。幸いにも、美月も同じように思ったようですごく嫌そうな顔をしていた。
「はぁ!?文句言ってる場合か!」
ポーションを飲むのを嫌がる俺たちに飽きれた顔をするアンヌさん。彼女の言っていることは、状況的に至極全うなことではあるのだが……
「いや………分かってるんですけど………なぁ、美月?」
「まぁ………言いたいことは分かる…」
まだ微妙な関係である美月と共感できてしまうほど、この飲み物……と呼べるかどうかすら分からない液体を口にしたくなかった。
「お前らなぁ………」
呆れとちょっとの怒りを含めたアンヌさんに申し訳ない気持ちがわくが、どうしてもこれを飲むのには勇気と覚悟が必要だった。
こんなの人が飲むものじゃないって………
「ヨソミ、スルナッ!」
「くそっ………!お前もしつこいね!」
「シツコサ、ナラ、カテル!」
しかし大男の力任せな猛攻がアンヌを襲い、何度も何度も大槌で叩きつけられている様子にためらっている時間はないと理解する。
「あぁああ!最悪だっ!んっ……んっ……」
「うわっ…ほんとに飲んだ……」
覚悟を決めて、体を伏せた状態のまま、俺は瓶に口を付けると、粘性のある液体が口の中に入ってきた。ハーブの癖の強い香りが鼻を通り抜けて、全身の鳥肌が立つのを感じた。
「うっ…えぇ…ほらっ…んっ…んっ……」
「あぁ……もう……飲みますよ、飲めばいいんでしょ!はむっ…!」
俺が美月に早くポーションを飲むように催促する目配せをすると、美月も瓶の中身を一気に口の中に、流し込んだ。
「うっ……うぇえええ……」
「うっ……それ、やめて……こっちが吐きそうになるから」
ケミカルな苦みと、不自然に味を誤魔化そうとしている甘味が脳みそに直撃する。
それでも、とやかく言っている暇はないので、俺はなかなか、飲み込めない液体を無理やりのどの奥に押し込み、完全に瓶に入っているものを飲みきった……
「……どう……だ?」
俺は飲み切った瓶を地面に捨て、体の状態を確認した。最初は何も感じず、不愉快な後味だけが俺の中に残っていた。
しかしどろどろしたポーションが、胃の中に入ったような感触がしたその瞬間、
「っ……!?」
体の奥が沸騰するような感覚に襲われる。脈も速くなり、全身の毛穴という毛穴が開いた気がした。
「うぉ……ぉおおお!」
「すごい…ほんとに力がみなぎってくる感じ……」
今までにない感覚に、俺と美月は、二人して驚いていると、少しずつ全身の力が戻ってきている気がした。僅かであったが、体力を取り戻した俺は、地面に手と膝をつき、足と腕に力を込め、全身を持ち上げる。
「おっと……」
すこし倒れそうになるが、それでもなおも踏ん張り、俺はふらふらと立ち上がることに成功し、追いかけるように美月も立ち上がった。
「やっと立ったか、二人とも」
「はい……なんとか」
「こんなもの……飲ませないでよ……!」
「ははっ!違いない!」
「ふっ……」
悪態をつく美月に、アンヌは豪快に笑う。アンヌさんの笑い声に釣られたのか、美月も呆れたように笑っていた。
「よっし、準備できたねっ!この戦いが終わったら、特大のキスしてやるから、構えな!」
「えっ、あっ……はい…」
「何言って……徹も普通に答えないでっ……!」
「いたっ!痛いって、美月!」
しかし、アンヌさんの冗談だけには、ちょっとだけ本気で怒っているように聞こえた。
まぁどちらにせよ、少し怒った様子で、俺の肩を叩く美月に、ほっとした。彼女のつっこみが俺を奮い立たせてくれる。俺は最後の勝負だと、正面を向いて、歯を食いしばった。
「アンヌさん、指示を下さいっ!今の僕たちに戦闘経験はないから、あなたの指示だけが頼りです!」
自信満々に他人を頼りにする言葉に我ながら情けなく感じるが、それでも今の俺に恥も外聞もなかった。大切な人を守るためだったなら、俺はなんだってやれる気がしていたから。
「ほう……いい判断だね……!けど、やることはシンプルだよっ!美月、あんたが決めろっ!」
「わっ、私っ!?」
けれども、アンヌさんの作戦の主軸は、当然のように俺ではなく、美月だった。
「私だけだったら、勝てるかどうか五分五分。確実に勝つにはあんたらの能力しかない!」
「でも……美月は…」
「だったら、トオルあんただけの能力で勝てるのかい?余計にミツキを危険にさらさないって言えるのかい?」
「それは……」
今の俺は、アンヌさんの言う通り力不足だった。出来てもサポート程度なのは自覚している。それでもやはり美月に頼らなければならないのはひどく辛かった。
「……徹っ!」
「えっ……」
沈むような俺の顔とは反対に、美月は覚悟を決めたような顔をしていた。
「私がやるっ!だから……徹はサポートお願い頼める?」
「でも……美月……」
強気な言葉を使う美月だったが、俺は見抜いてしまう。槍を持つ美月の手が震えていることを。
「私は…大丈夫だから!行くよ!」
「ちょっと……待っ……!」
けれど、それを隠すようにもう美月は、大男めがけて走り出していた。
「はぁああっ!」
「ウグッ!」
「いい一撃だ、ミツキっ!あたしも負けてられないっ……ね!」
「グィァアア……!」
有無を言わせないように素早い一太刀で大男の体勢を崩したと思った瞬間、アンヌさんも追撃するように大男を地面にたたきつけた。
「よしっ!今だよっ!」
「グゥウウウ……ハナセ!」
そして、次の瞬間にはアンヌさんは大男に寝技をかけ、身動きを取らせないような形になっていた。
「えっ……あっ……」
ほんの数秒のできごとで、焦った俺は動きが止まるが、
「何してるんだいっ!ぐっ……早くスキル発動させて!美月もっ……構えな!とどめを刺すよ!」
「はっ、はい!行くからな、美月!」
「うっ…うん」
「我が生命線を糧とせよ、スキル『生贄』!」
美月が少し言い淀んだ気がしたが、俺は急いで、美月に左手をかざし、スキルを発動した。美月の背中に光の線を繋げ、自分の全てを奉げる思いで、全身に力を入れる。
「よしっ!準備オッケーだ!美月行けるか?」
「………私がとどめをさ…すの?」
しかし、スキルが発動出来て改めて、美月の顔を見ると、生気が抜かれたような表情をしていた。
「何してるんだいっ、頭がフリーだよっ!!お前の渾身の力でこいつの頭を叩き潰すんだっ!」
「ウグゥ……ヤメ……」
そんな美月にアンヌさんは、叫ぶ。明らかに抑え込むのに限界を迎えていたからだとすぐに分った。
「私が本当に殺す……の……?」
「ミツキ!早くやれ」
「ヤメロ……ウゥ……シニタク……ナ……イ」
「あぁ……」
苦しみもだえるような大男の声を聴いて、ますます美月は青ざめていた。叫ぶアンヌさんの声も届いていないようで、とうとう立ち尽くしてしまう美月。
「シニタクナイッ!シニタクナイ!グァアアアアア!」
「あぁっ!」
そして、とうとう限界に来ていたアンヌさんの拘束も解けてしまう。大男は立ち上がり、目の前に立っていた美月に目掛け、拳を振り上げた。
「何してるんだいっ!ミツキッ!」
「あっ……いっ…ちがっ……」
そこからは一瞬だった。
「美月っ!」
もう後悔しない、何が何でも美月を助けてみせる、そんな思いが、今にも傷つけられそうになっている美月のもとへ俺を走らせた。どこかに行ってしまいそうな美月の手を掴んだあの日の夕方のように。
元カノと一緒に魔王討伐 ~俺が嫌いな元カノと、俺が好きな聖女さん~ hiziking @hiziking-sub
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。元カノと一緒に魔王討伐 ~俺が嫌いな元カノと、俺が好きな聖女さん~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます