第8話 初敗北と因縁の名前。
「はぁ…ぁあ………」
血の気が引いていくのを感じた。俺たちの前に立つ、全身緑色の大男。手には、一振りで俺たちをつぶすことが出来そうな木槌を携え、薄暗い闇の中で、こちらを睨みつける瞳だけが光っていた。
「ン?オマエタチ、トオル、ト、ミツキ、ダロ?」
返答が得られない大男は、頭をかきながら、こちらを観察してくる。
言葉のたどたどしさや、ゆっくりした動作からは、間の抜けた印象を受けたが、それ以上に無残に荒らされている休憩所や、持っている木槌が血で濡れている所から、こいつの凶暴性が見て取れた。
「(徹っ…!ここは一旦戻ろう…)」
俺に担がれながらも、耳打ちしてくる美月。彼女の小刻みな震えが、担いでいる背中から感じられた。
「お兄さん…」
「クソッ……」
ここには、足をくじいた美月と、自分より何歳も下の女の子しかいない。そんな状況に、俺は覚悟を決めて、少しでも安全な対処方法を考える。
不意を突いて、逃げる?いや、美月を担ぎながらじゃ、追いつかれる。でも真正面から、魔法で応戦するのはもってのほかだ。さっきの戦闘で俺の魔法は、全く通用しなかった…
………これに賭けるしかないか
「まずは…そちらから名乗るのが、礼儀じゃないのか?」
「ン?ソウカ?」
俺がとったのは、言葉を用いた時間稼ぎだった。もちろん、苦し紛れの作戦ではあるが、それでも、こいつをどうにか言いくるめて、ここを免れることに賭けた。
「オレ、バギ。」
「なるほど…バギ。よろしく。」
俺の言ったことを男は、忠実に受け取り、バギと名乗る。バギは、少し近づいた後、俺たちを覗き込み、じっくりと眺めた。この男の、荒い呼吸が顔にかかり、額に汗が垂れる。
「オマエラ、トオル、ミツキ?」
「なぜそんなこと聞くんだ?」
眺める大男は改めて、俺たちの名前を確認した。男の真意が読めないため、俺は、質問を質問で返すことで、はぐらかす。
「マオウ、オレ、メイジタ。」
「命じた?何を命じたんだ?」
「トオル、ミツキ、コロス。」
「っ…!」
はぐらかすために、吐いた質問は、核心をついていた。この男は、魔王に命じられ、俺たちを殺しに来ていたのだった。俺は、恐ろしい男の返事に息をのむが、恐怖を悟られないように、歯を食いしばる。
「そんな名前のやつは知らないな。」
「ソウカ…ワカッタ。」
俺の言葉をすんなり受け止め、洞窟の奥の方に歩き始めた大男。想像以上にあっさりとした受け答えに俺は、少し安心しそうになったが、
「アッ…デモ」
「えっ…」
大男は、何かを思い出した様子で俺たちを振り返ったと思うと、
「オレ、イワレタ、ゼンブ、コロセ」
木槌が俺の鼻先をかすり、地面に大きなクレーターを形成した。
一瞬のことで、思考が追い付いていなかったが、
「っ………!二人とも、逃げるぞ!美月はちゃんと掴まって!」
少女に目配せをし、俺たちは走り出す。走り出した俺たちに、大男はゆっくり木槌を地面から引き抜き、少し不思議そうな顔をしたと思ったら、
「ミツキ?アッ!ニガサナイ!」
俺たちの正体に気付いたようで、地面を揺らしながら、追いかけてきた。大男の頑強な見た目には反し、かなりの速さで走ってきており、男が一歩足を踏み込むと、天井から砂が落ちた。
岩で囲まれ、歩きづらい洞窟の中を必死で、走るが、少しづつ距離を詰められていく。
「きゃっ!!」
かなりのハイスペースで走っていたからか、隣を走っていた女の子が転んでしまった。そんな少女に、大男は「一人目」と言わんばかりに、木槌を振りかぶる。
俺は、美月を担いでる状態だったため、すぐ女の子に手を指し伸ばすことを躊躇した。
「危ないっ!」
しかし美月は、俺のおんぶしている腕を瞬時に振り払い、転んでしまった女の子を守るため、自らの身を挺して、覆いかぶさった。
俺は何をやってるんだよっ!美月…!
「オイツイタ!」
「っ…!スキルッ!いけにえっ…!」
砂煙はあたり一帯を覆い隠し、大男の振り下ろした一撃が壮絶なものだったことを 知らせていた。
ただ…
「………あ…れ…?」
美月は全くの無傷で済んでいる。正確には、"済んでいる"ではなく、"済んでいるようにした"が正しく、その代わりに…
「ぐっ…ぶはっ…!」
俺は、少し離れた所で、血反吐を吐いて、ぶっ倒れていた。こうなっているのは、『特異スキル:生贄』のおかげでもあり、せいでもあった。
『特異スキル:生贄』は、他者に能力を贈与するだけではなく、任意で他者の傷や状態異常を肩代わりすることができる。だからこそ、俺は美月が本来受けるはずであったダメージを肩代わりしたのだ。
「徹っ!そんな無茶して…」
「はぁ…はぁ…無茶するって、だって…いや、何でも…くっ…」
美月にかっこいいところを見せるためなら、どれだけでも無茶できるなんて、恥ずかしくて、言わなかったが、カッコつけるには限界の体力で、冷たい地面にうつぶせになる。
「というか…私の方が悪いのに…」
「いや、その子を守ってくれたんだろ?それで…十分だ…」
「お姉さん…」
自分を責める美月。ただ美月の、腕の中では、少女が無傷で佇んでいた。俺は、美月のことに注力し過ぎて、一瞬、少女に手を伸ばすのを、躊躇してしまった。もし、美月が少女を庇っていなかったら、少女は死に、俺は罪悪感で立てていないだろう。
「ナンデ?シナナイ?」
確実に木槌を振り上げ、叩き潰した相手が傷一つ付いてない様子に大男は、不思議そうに頭をかく。
「…モシカシテ…マオウ、ト、オナジ?」
『魔王と同じ』?大男が発した言葉に、俺は違和感を覚えた。俺が今、使った特異スキルは、異世界人しか与えられない、特別なスキルのはずで、こちらの存在である魔王が持っているはずがなかったからだ。
それなのに、魔王は、俺たちと同様の能力を持っていたと、この大男は、語っている。
――もしかして…魔王は、異世界人…?
「おいっ…お前…」
「ン?」
「魔王ってどんな奴だ…そいつの名前は?」
そんな純粋の疑問が、傷だらけの体よりも気になった。俺は体をうつぶせにしながらも、純粋に応えてくれるこいつの正直さを利用する。
「マオウ、ムカシ、ゴウカイ」
大男は、明後日の方向に目を向けながら、魔王の特徴を思い出している様だった。ただこいつは、最初に『昔』と言いつけている。
「デモ、イマ、チガウ。」
「それは…」
「イマ、ヒキョウ、メンドクサイ。」
つまり、昔と比べて、今の魔王は変わったということだ。
――もし…もし、俺の推測が正しければ…復活した魔王は、転生した異世界人なんじゃないのか?
「ナマエ、モ、カエタ、フタバ マリン」
「………えっ…!?」
俺の予想は正しかった。大男の語った魔王の名前は、メルティーさんから聞いていた『ヴァルドラ』とは違い、『フタバ マリン』と言った。「フタバ マリン」、恐らく『双葉 真凛』という、明らかな日本人の名前。それが何より魔王が、異世界人であり、なおかつ元日本人であることを明らかにしている。
しかし俺が驚いたのは、魔王が異世界人だったからとか、日本人だったからとかそんな分かりやすい理由ではなかった。
実は、『双葉 真凛』、この名前は、異世界転移前から知っている。そして何より…
「双葉って…あの双葉!?」
俺たちの、転移前のいざこざ、それに最も深く関与している人物でもあったのだ。美月が大男に対して、聞き返すことも不思議ではなかった。俺たちの間にいつもいて、ニコニコしていた後輩の女の子。それが俺たちの知っている「双葉 真凛」。
「オマエタチ、シッテル?マオ…」
――トロール、バギよ。何をしている…
一瞬、俺たちの反応に驚いた大男だったが、突然、洞窟内に謎の声が鳴り響く。その声は、男のものでもなければ、ましてや、俺たちのものでもなかった。しかし、近くには、俺たちとこいつ以外、魔物も人も見られない。
「ゼフォー!?ナンデ?」
――こいつらに余計な情報を与えるな…さっさと始末しろ。さもなければ…
バギから、『ゼフォー』と呼ばれた声の主。実は、先ほどまでと同様、言葉を用いて、時間稼ぎをしていた俺だが、謎の声の主は、その作戦に感づいるようで、冷静に、俺たちの始末を催促してきた。
「ワカッタ!!バギ、オワラス!」
異様にその声の主におびえる大男は、俺の問答に答えることを放棄し、木槌を、近くにいた美月に対して、大きく振りかぶった。
美月のダメージを肩代わりして、うつぶせになっている俺。足をくじいて動けない美月。そんな状況に、絶望する。
「美月っ!!」
カァアアンッ!!
美月への無慈悲な攻撃に目をつぶりそうになるが、甲高い金属音が鳴り響く。実際に、大男の一振りは、美月には到達しておらず、大きな盾によって、守られていた。
「間に合ったようだね…ウチが来たんだ!もう安心していいよ!」
何枚も鉄板が張られている重厚な鎧を全身にまとい、強大な盾で、美月を守り切って見せた騎士はそう豪語した。
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