第2話 本編

啄木:男性声優を想定

生霊:ボイスチェンジャーで加工された男性の声を想定


【スポット1】啄木ゆめ公園•啄木歌碑


啄木(N:ナレーション)

釧路駅から、明治の記憶を頼りに僕が住む下宿の近くまで歩いてきた。

辺りには見慣れない無機質な建物が立ち並び、地面はどういうわけか石のように硬くて黒く、歩けば歩くほどに足が痛む。

疲れから急に心細さに襲われた時、ふいに『啄木』の文字が目に飛び込んできた。

なにやら、石碑が立っている。

少し、近づいて見てみよう。



さいはての駅に降り立ち


雪あかり 


さびしき町にあゆみ入りにき



これは、紛れもなく僕の短歌だ。

しかも、『啄木名歌の選』と銘打ってあるではないか。

もしや!ひょっとすると僕は、後世に名を残す大歌人、大作家になっているのでは!?

そうだ、そうに違いない!

僕ほどの天才が世に埋もれてなるものか!

はっはっは!なんだか急に元気が湧いてきたぞ!よーし!僕の下宿までひとっ走りだ!あーっはっはっは!!


SE(効果音) 不気味な足音


生霊A 「逃がさない……逃がさない……」




【スポット2】啄木下宿跡•啄木歌碑

(現在は廃業した「シーサイドホテル」の廃墟が立っている。廃ホテル横に歌碑あり)


啄木(N)

さっきまで僕が住んでいた下宿は跡形もなく消え、その代わり、天高く聳える謎の建造物が建っていた。

恐る恐る様子を伺うと、中に人気はなく、周りを見渡しても人影すら見当たらない。

本来、この辺りにあるはずの建物は、木造2階建ての大きな家で、僕は2階の右端、洒落た洋風の窓がついた8畳の部屋で寝起きしていた。

良い部屋ではあるけれど、冬は隙間風が吹いてとてつもなく寒い。

火鉢一つを抱えて暖をとるにも限界で、いざ原稿を書こうとしたときに、万年筆のインクがカチコチに凍っているのは日常茶飯事だ。



こおりたる インクの罎を 火に翳し


涙ながれぬ ともしびの下



SE 不気味な足音


啄木(N)

気のせいだと思うようにしていたけれど、どうやら僕は、誰かにつけられているらしい。

この場所には、元の世界へ戻るための手掛かりはなさそうだ。

そうだ!勤め先の釧路新聞社へ行ってみよう。

あそこにならきっと、元の世界へ戻るために必要なヒントが見つかるかも知れない。


SE 不気味な足音


生霊A「(微かな呻き声)どこだぁぁぁ……」

生霊B「(微かな呻き声)逃すものか……」


啄木(N)

なんだか、気味が悪い。

こういう時は決して、後ろを振り返ってはいけないと相場が決まっている。

よし、絶対に。後ろを振り返らないように注意して先を急ごう。


(ナレーションが途切れてから20秒後に突然音声が流れる)

生霊A「……振り返ったな?」


SE 不気味な足音が速くなり、追いかけて来る形で徐々に大きくなる



【スポット3】旧釧路新聞社跡(現在はガソリンスタンドの跡地)•啄木歌碑


啄木(N)

はぁ……、はぁ……ゴホッ、ゴホッ。

何かに追われている気がして、つい全力疾走してしまった。

しかし、勤め先の釧路新聞社は一体どこへ消えてしまったのか。

西洋風の珍しい、レンガ造りの建物だから目立つはずだけど、どうやらこの辺りにはなさそうだ。

もう少し先を探してみれば、きっと見つかるかも知れない。

けれど、この場所は一体、なんなのだろうか。

白い壁と柱しか立っていない、不思議な場所だ。もしかすると、神へ祈りを捧げたり、神聖な儀式を行うための神殿なのか?

気になるから少し、調べてみよう。


(ナレーションが途切れた20秒後に突然音声が流れる)

生霊A「見ぃつけた」

生霊B「イヒヒ…イヒヒヒヒヒヒヒィィィ」



【スポット4】釧路港文館•啄木歌碑

(※港文館の建物は釧路新聞社社屋を忠実に再現している。1階は喫茶店、2階は啄木の資料館。資料館横に啄木の像と歌碑あり)


啄木(N)

あった。釧路新聞社だ!

仮病を使って休んだりもしたけど、今はこのレンガ作りの建物を見るだけで、嬉しくて涙が出そうだ。

しかし……どうも妙だな。

表札には「港文館」と書かれているし、一見すると中はカフェーのようじゃないか。

……おお!なんということだ!

社屋の横に、僕の、僕の銅像が建てられている!

なにか説明書きがあるぞ!

さっそく読んでみよう!


(碑文原文)

ー啄木はいつも世俗に抗し、精神の高揚を求めつづけた。


ーそこからあの厳しい芸術の世界が展開された。



おお!僕を讃えているじゃないか!!

続きが気になる!続きは!?続きはッ!?



(碑文原文)

ー円い人格ではなく、角だらけの人間であった。



褒めているのか、けなしているのか、わからんではないか。

この未来の釧路新聞社ではきっと、スタア記者である僕が書いた新聞記事や、華々しい業績の数々、そして僕の日頃の行いの良さや、魅力溢れる男ぶりがこれでもかというほどに紹介されているのだろう。

これは、天才の勘というやつだから、間違いない。


SE 時計の秒針の音が微かに流れる


啄木(N)

なんだ?何かが聞こえてくる。

時計の秒針の音だ。

一体、どこから……。


SE ゴーンゴーンという時計台の鐘の音と秒針音が流れる。


啄木(N)

辺りを見回しているうちにも、音はどんどん大きくなるばかりだ。けれど、肝心な時計台が見当たらない。

わかったぞ、これは、僕の頭の中で直接鳴っているんだ!!

ぐぅッ……!頭の中の音が止まらない!

僕は狂ってしまったのか!?


SE 秒針と鐘の音が徐々に大きくなる


啄木(N)

もしやこれは、吹雪のなか、夢で見た花時計の音じゃないか!?

きっとこの音を辿れば、あの大きな時計の元へ行けるに違いない。よし、行くぞ!


SE 秒針と鐘の音


SE 秒針と鐘の音が歪み、ノイズが混じる


SE 不気味な足音が速足で近づいてくる


生霊A「逃がさないよ」




【スポット5】富士見坂地下道


SE 鐘の音と秒針の音


啄木(N)

花時計が見えてきた!

ああ、あれは幻ではなかったのだ!

この地下道を通って行けば、花時計に辿りつけるのか。なに、地図によると、『花時計出入り口』というところへ出れば良いのだな。

あの大きな時計が僕を元の世界へ導いてくれるはずだ!



SE 鐘の音と秒針の音が速くなる


SE 突然、秒針音と鐘の音が地獄の底から聞こえるような、重々しい響きと不協和音に変わる。


生霊A「待てぇぇぇ……!!!逃げるなぁぁ!!!!」

生霊B「どこだぁぁぁ……!!!!」


SE 秒針の音と共に速い足音が重なる


生霊A「寄越せぇ……寄越せぇ……!!」

生霊B「返せぇぇぇ逃がさないぞ……!!」


SE 音が歪みはじめ、ノイズが混ざりだす


SE 突然静かになり、テレビのピープ音(発振音)だけが流れる


生霊A「締め切り前の……原稿を寄越せぇぇぇぇ!!!!」

生霊B「貸した金を……返せぇぇぇぇ!!」

生霊A•生霊B「啄木待てぇぇぇぇぇ!!」



【スポット6】花時計


SE 啄木が逃げる足音、荒い息遣い


啄木(N)

助けてくれ!!僕が、僕が悪かった!!

返す、ちゃんと金は返して会社にも出勤する!

原稿も締め切り前に出すから、神様仏様、どうか僕を元の世界に戻してぇぇぇ!!


SE 神々しく光り輝く音


SE 空で流れ星が流れる音


M(ミュージック)

アコースティックギターの癒し系BGM


啄木(N)

親愛なる金田一君へ


もしも君に、未来から手紙を送ろうとしたと言ったなら。

きっと君はまた、啄木の夢想癖が始まったぞ、そう言って笑ってくれるのだろう。

だけど、僕は今日。ほんの僅かな永遠の時のなかで、遥か未来を旅して来たんだ。

しかし、未来の世界では、なんといっても怖い思いを沢山した。

今までずっと僕が逃げて、投げ出してきた全ての物事が、遥か先の未来へ行っても僕を追いかけて来たんだ。

それは本当に、身の毛もよだつ恐ろしさだった。

だから、僕は悟った。

悪あがきはもう、おしまいにしようと。

今度こそ、僕は、石川啄木の名に恥じない生き方をするよ。

今と未来はこうして繋がっているのだから。

今度、東京へ出掛ける際には、君の家で沢山の思い出話しをしよう。

君とまた、朝まで共に飲み明かせる日を、夢見て。


未来の巨匠 石川啄木より

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くしろ啄木怪異譚 雪国こたつ @Moonbow777

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