くしろ啄木怪異譚
雪国こたつ
第1話 プロローグ
親愛なる金田一君へ
この手紙が届く頃には、僕はもう、君と文壇についての議論をしたり、明け方まで酒を酌み交わしたり。
少年時代の思い出話しに花を咲かせ、故郷が恋しいと、ふたりで声を上げて泣くこともできないのだろう。
なぜなら僕は今、どういうわけか未来の釧路にいるからだ。
116年前の今日、君は僕が何もかも嫌になって、勤め先の釧路新聞社を仮病で休んでいたことを知っているね。
しかし、ただ家で寝転がっていても、相変わらず借金取りたちはドアを叩くし、馴染みの芸者や熱狂的な女性読者に至っては、勝手に人の家まで上がりこみ、女房面で互いに喧嘩を始める始末だ。
おまけに上司からは、啄木はいつ出社するんだ、原稿はまだか、なんて、しつこくしつこく催促される。
僕はもう、身の回りのありとあらゆることにウンザリしたよ。
だから思い切って釧路を飛び出し、僕を悩ます全てのことから逃げようと決意した。
そう、目指すのは君がいる東京だ。
だって僕は、無性に君に会いたくて、仕方がなかったのだから。
だけど。
釧路駅から列車に飛び乗ったものの、酷い吹雪で列車が動かなくなってしまった。
辺り一面真っ白で、窓の外は何も見えない。あいにく乗客は僕ひとりで、話し相手もいないから、仕方なく居眠りをしたよ。
すると突然、列車が大きく揺れて。
夢の続きか現実なのか、目の前に巨大な花時計が現れたんだ。
時計の針がぐるぐるぐるぐると勢いよく回ると、辺りには色鮮やかな花吹雪が舞い散り、やがて列車が真っ白な吹雪のトンネルを通り抜けると。
さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき
僕は。
かつて見たことのない、異様な釧路駅のホームに放り出された。
さて。
一体、どうしたらまた君に会えるだろうか。
この手紙が君の元へ届くあてはない。
だけど、どうか僕が元いた世界に戻れるよう、君の大いなる知恵を貸してくれたまえ。
なんだか、とても。
嫌な、胸騒ぎがするんだ。
君の無二の友 石川啄木より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます