第3話 お泊り会と困らせあい

「あの……」

「んー?なにー?」

ソファに寝転がりながらだらーっとしていると、結衣ちゃんがかしこまった声音で話しかけてくる。


お昼ご飯を食べたあとは本当にずっと暇だった。

現在時刻としては16時とか。


彼女はさっきまで私の隣に座ってかの傘の手入れをしていたが、今は多分後ろのほうにいる。私もギター上から取ってきてちょっと弾きたいなーとも思ったけど、結衣ちゃんいるし、迷惑だといけないと思って、手持ち無沙汰だったのだ。


結衣ちゃんは私が返事したのを聞いて口を開いた。

「えっと…もし吉野さんがよければなんですけど…一晩泊めていただくことってできたりしませんか…?」


「…え、全然良いよ!明日休みだし、私も1人より友達いたほうが楽しいし」

まじか。内心めちゃめちゃ嬉しかった。結衣ちゃんと夜を過ごすということか。他意はないけど。


そして今日は金曜日だから明日の朝の心配をしなくて良いのだ。すごく都合がいい日が始業式で良かった。

…それにしても結衣ちゃん、どこかの昔話の鶴みたいでなんか可愛いな。


「友達…」

「うんうん。もうそうでしょ」

私の友達ってのに反応したよう。

文字通り同じ釜の飯を食ったら、それはもう親しい仲ってことで良いと思う。なんだかんだ仲良くなれて嬉しい。


「嬉しいです。えっと、ところで、泊めてくださいって話、ありがとうございますね、仄さん」

「あーうん。どういたしまして」

一人暮らしだから寂しさを感じることも多くて、だかたまには賑やかなのも良いし、期待だにしなかったそんな風に言ってくれるのも嬉しい。

でもどうしていきなりそんなことを言ったのだろう。


彼女の方を見ると、すごく嬉しそうな表情をしていた。喜んでくれてるのかな?よかったよかった。




「結衣ちゃん、お風呂いいよー」

「あ、はい、ありがとうございます」

良い時間になったから、先にお風呂に入ってしまった。結衣ちゃん先いいよって言ったんだけど、遠慮されてしまって、私が先に。

さっぱりした。結衣ちゃんが一晩いるってことになったとこからずっと、あの後は、2人で当たり障りのない会話をしていた。学校の話、とか、1年生のときの話がメインだったかな。

「じゃあ、一旦失礼しますね」

「はいはい」

そうして彼女は洗面所に行ってしまった。


「…はー、結衣ちゃん私の家に泊まるのかー」

お泊り会とかそういう類のもやったことないし、思ったより私自身がわくわくしていた。ちらっと結衣ちゃんの傘のほうへ目をやる。


あれも可愛いけど、結衣ちゃんも可愛いよなー。と思う。

えへへと、自然と微笑んでしまう。ご飯食べさせてあげて泊めてあげて、なんか養ってるみたいで変な感じ。きっとクラスメイトにすることではないんだけど、私が良いから良いのだ。結衣ちゃんもそれが良いらしいし。

仲良くというのか、こんな関係になった人は初めてだ。なんだか胸が高鳴る。




「…仄さん、あの…仄さん…?」

「ん…結衣ちゃん?」

気づいたら結衣ちゃんはもうお風呂から上がったようで、体にバスタオルを巻いていた。ん?

「えええ、ちょっと結衣ちゃん!なんで服着てないの」

「あえっと…着替えなかったから仄さんに貸して頂こうかと思ったんですけど…ソファの上で寝ていたので」

「あそゆこと」

理解が追いついた。私寝てたのか。いつの間に。

「あーそうそう着替えね。そうだよごめん、貸してあげないといけないのに私忘れちゃってたよ、ごめんね」

「いえいえ…とんでもないです」

結衣ちゃんはちょっとだけ頬を赤くしている。

バスタオルは新しいやつか体拭いたやつか知らないけど、乾いているようだった。それだけ長い間待たせちゃったってことなのかな…?


よっと身体を起こして立ち上がる。

「えっとね…着替え着替え。これでいいかな?」

適当なのを見つけて、寄ってきた結衣ちゃんにパジャマを手渡す。


「ありがとうございます。おおー…可愛いですね、なんだか」

「へへーそうでしょ。あんま着てないんだけどねー」

結衣ちゃんは渡したパジャマを広げてみるなりそう言ってくれた。

淡いピンク色で、ぽつぽつと水玉模様があるようなやつである。買ったはいいもののほとんど着ていない、

から、綺麗だったので渡した。

結衣ちゃんに着せたら絶対可愛いと思ってという下心は無きにしもあらず…だ。


私が座ったまま彼女の方をまじまじと見つめていると、途端結衣ちゃんは少し恥ずかしそうに、

「あの…あんま見られてると恥ずかしいんですけど…」と、弱々しく口にした。

「あっ、ごめんごめん。じゃ私あっち向いてるからね」

「…いや、このままのほうがいいかも?」

「?」


私があっち向こうとすると、ぼそっと結衣ちゃんはそう言う。何言っているのか解らないまま結衣ちゃんは続けた。

「あの…寝室案内してもらってもいいですか」

「へ?いいけども…」

結衣ちゃんはまともに服着てないままだ。

けどそう言われた何も言わずに寝室へ連れて行く。

行くときに結衣ちゃんはさっと傘を取った。よほど大切なんだね。



「ほら、ここだよ」

「ありがとうございます。あの…ちょっと寝っ転がってみてもいいですか?」

「おー眠くなっちゃったの?いいよいいよー」

持っていた傘を丁寧に壁に立てかけて結衣ちゃんが私のベッドに寝っ転がる。なんかすごく変な感じ。出会って初日のクラスメイトが自分の家のベッドにバスタオル1枚で寝っ転がっているのだ。うーん…なんかすらっとした脚が可愛い。


なんかこう…えっと…あれだな。えっちだな。

気持ちよさそうにしているのを見て私も横になりたくなり、ベッドに上がって結衣ちゃんの隣に寝転がる。

「結衣ちゃん寒くないの?」

「仄さん。大丈夫ですよ、まともなベッドで寝たのが久しぶりでちょっと嬉しいです。うちのやつあんまり柔らかくないんですよ」


「そうなんだね」

「それで…えっと、仄さん、いいんですよいつでも」

「え?なんのこと?」

なんのことだろう?私がきょとんとしていると、結衣ちゃんは少し声を小さくする。

「え…その…え、えっちなことですよ。仄さんも大胆ですよね。ほら、はやく…」

結衣ちゃんは私を抱きしめるように、寝転がったまま両手を広げてみせた。そのときにバスタオルがはだけそうになってしまう。


「えっ、ええっ!?いやいやいや、やらないから!てか突然何言ってるの!?」

「え、そうなんですか…?私じゃ嬉しくないんですか?」

「いやそういうのじゃないけど!」

いきなりなんてことを言うんだこの子は!?思考回路どうなってんだ。


「でもでも、私にはこれくらいしかお礼できることないですよ。お昼ご飯食べさせていただいたので…」

「いやお礼とかいらないから!なんなら私が連れ込んだみたいなもんなんだから!」

「あ…そうなんですか?てっきり私、仄さんがそういう目的だったのかと…だって、出会って初日の人を簡単に家に上げるなんて、そんなのもう持ち帰ってるようなもんじゃないですか」

「なわけあるかあ!」


いや確かにそう言われると変かもしれないけど!そういうのにはとんと無頓着だから全然気にしてなかった。だってだって、女の子どうしだよ?


「とにかく!服を着なさい結衣ちゃん」

「あ…はい」

結衣ちゃんはおもむろに手をついてベッドから立ち上がった。私は恥ずかしくなり思いっきり掛け布団を被った。


何考えてんだほんとに。お礼の仕方がそれしか思いつかないなんて先が思いやられるよ結衣ちゃん!

でも…ちょっと可愛かった、なあ…。とか……かも。



「あのー仄さん?服着ました。さっきはごめんなさい」

「結衣ちゃん服着たの?よかったよかった…」

私は被っていた掛け布団から出てきてベッドの上に座る。結衣ちゃんにも座るよう促す。

「えっと…結衣ちゃん、あんまそういうことしちゃだめだからね!だれそれかまわず!」

「あ、はい…すみません。でも私、お昼ご飯ごちそうしていただいたので、恩返しがしたくて…」

「それは大丈夫だから…!気にしないでよ」

「でも…なんかさせてほしいです、やっぱり。貰いっぱなしは私が嫌です」


ええ…。それは逆に私も困るのですが。ただそう言っても納得してくれなそうな感じである。

なんかやらせて満足させればいいか…?すぐ終わって、簡単で、変なのじゃなくて…て考えるけど、まて。なんか妹が死んだとか、さっきのとか、私をからかってるようなのが多い!

これは一発痛い目に遭わせるのがいいのかもしれないぞ。


「じゃあ結衣ちゃんなんか一発芸やって!」

「へ、一発芸?」

今度は結衣ちゃんがきょとんとした顔をする。

「そうそうー。モノマネとか、なんかやってよ!」

「ええ…」

お結衣ちゃん困ってる。これはまだ見たことない表情の結衣ちゃんだ。はたして無茶振りに応じてくれるのだろーか。


…いやちょっと待てよ。一発芸やってる結衣ちゃん見たくないな。なんかイメージが崩れるみたいで…

「あやっぱちょっと待って結衣ちゃん。ごめん私変なこと…」

「あ…!ひとつありますよ」

私が遮ろうとすると結衣ちゃんはぱちんと手を合わせてそれを遮ってきた。彼女はそのまま立てかけてあった傘に手を伸ばし、ぱっと開いてみせた。その所作一つの美しさに押し黙らされる。


「傘回し…とか。ちょっとだけできますよ。見ますか?」

「傘回し…あーあのなんか乗せて回すやつ…?」

あの着物着た綺麗な人がやってるような。

「そうです。なんかいいの…あ、これちょっと借りますよ」

「え、いいけどそれただの空箱…」

「行きますよ」

たちどころに彼女の雰囲気が変わった気がした。


結衣ちゃんがぱっとその空箱を投げると、それは宙を舞って落下し、結衣ちゃんベッドから降りながら傘で受け止める。ちっちゃいアンプ買って捨て忘れてた箱…。


くるくるっと手で傘を回して、そうすると私の箱も落下することなく結衣ちゃんの傘の上で躍るように回転した。


「え…す、すご」

月並みだけどまるで、傘と箱とが一緒に、生きているような、そんな風に感じさせる動きだった。その間も回すのを止めることなくまるで結衣ちゃんまで踊っているように感じさせる。


私が呆気にとられていると、今度は回転が止まったと思ったら、結衣ちゃんは傘を大きく上に突き出すように持ち上げ、箱は再度宙に舞う。


恍惚として見惚れてしまう。動きの一つ一つに一切無駄がなく、完璧…だった。

箱の自由落下に合わせてまた、結衣ちゃんが傘で受け止め、今度は結衣ちゃんが、爪先を軸にくるっと一回転した。そうしても尚、傘の動きはぶれない。


まるで踊り子のような振る舞いだった。私は圧巻を前に息を呑むことしかできない。

最後にもう一度箱は宙を舞い、落ちてきたところを一度傘で受け、もう一回今度は軽く飛ばして。そうしてすばやく傘を後ろに下げ、左手を離して落ちてきた箱を、胸の辺りでつかまえた。


「じゃじゃん」

結衣ちゃんはにへっと笑って左手の箱を私の方へ投げる。私は無心のままそれを両手で受け止めた。さっと傘を閉じるのが見える。


「…すっ、すごいよ結衣ちゃん!私感動しちゃった!」

「へへ…、ありがとうございます。あんま人に見せないので…なんだか恥ずかしいですよ」

結衣ちゃんは私に微笑んでみせた。私はなんだかすごいものを見てしまったような感じがしている。


「疲れたしもう寝ましょ?仄さんも」

うーんと伸びをして結衣ちゃんは傘をもとの位置に戻して、私より先に布団に入ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傘に恋した彼女と私 エイミー @Amy_ID

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ