本編

愛知県にあるここ、豊川稲荷では『夜詣』というものが毎年行われているらしい。

そこでは入場チケットを事前に買って入るのだが、依から少し遅れてくると言う連絡を受けて、あなたは二人分のチケットを先に受け取っておいた。


依:「ハァ…ハァ…。ごめんねー、待った?そうだ、チケットは受け取れた?あ、君、私の分も取ってくれたんだぁ。さすが君だねっ。ふふっ、ありがとうっ!」


依にチケットを渡し、受付でそれを出す。

パチン!

まるで映画のカチンコみたいな音と共に、チケットに穴が開いた。


あや:「じゃあまずちゃんと一礼して門をくぐってね。何事も礼儀は大事だから!」


あなた達は、一礼して歩みを進めた。

境内に入ると予想より多くの人がいるのを見て、あなたは驚いた。


あなた:「思ったより、人気なんだね…。」


あや:「そりゃあそうよ!ここは縁結びのパワースポット。かつてはあの源頼朝と北条政子が愛を誓った御神木の『梛の木』もあるんだって!それにねそれにね、ここの前にある通りでは稲荷寿司の発祥の店って言われているところもあるから…。君はもう食べた?」


あなた:「いや、まだ…。」


あや:「ホントに?それは人生損してるって!!後で私が奢ったげる!とっても美味しいよ。じゃあ先に進もっか。」


==========


あなたは、闇を覆う雅楽の音が聞こえる境内の順路を通っている。

ジャリジャリと足元の砂が音を立てており、足裏から感じる感覚が少し楽しい。


ふとあなたは前を見る。

少し長い列ができておりガヤガヤしているのに、あなたは気づいた。


依:「そうだった!実はね、このチケット、提灯レンタルも付いてくるんだよっ。好きなの選ぼう!」


ここでは提灯をレンタルしているらしい。

色とりどりのまん丸とした提灯は、なんとも可愛らしい。


地域の子供:「お母さん、アタシこの花火が映るやつがいい!」

地域のお母さん:「あらあら、いいわね。」


前に並んでいた親子の微笑ましい会話を聞いて、あなた達は顔を合わせて笑った。

どうやら提灯の光が地面に映す絵柄に複数の種類があるようだ。


あなた「いろんな種類があるけど、依はどれにする?」


依はうーんと言ってから答えた。


依:「えっとね、私は狐が映る提灯にしようかなァ…。色は…、これに決めたっ!君も決めた?じゃあ本殿の方に行こうっ!」


==========


提灯を受け取ったあなたは、本堂へと向かう道のりにて依と話している。


依:「ねぇ、知ってる?実はね、この豊川稲荷って『神社』じゃないの。」


あなたはそうなの?と驚いた。


依:「えへへ、そうなの!正式名称は『妙厳寺みょうごんじ』って言ってね、分類的には神社じゃなくってお寺なの。神社で参拝するときは『ニ礼ニ拍手一礼』が基本なんだけど、ここは違うの。正式な方法は、お祈りする時に隣で教えてあげるね!」


依:「とは言っても、江戸時代までの日本では神と仏は共存して信仰されていたから、お寺に神様がいてもおかしくないんだよ。あとは、普通『稲荷』って付く所は狐の神様を祀っているんだけど、ここで祀られているのは『豐川吒枳尼眞天とよかわだきにしんてん』って言って、稲穂を背負って白い狐に跨っている女神様なんだ。この女神様は商売繁盛や家内安全、福徳開運、あとは縁結びにご利益があるんだって。戦国時代にはあの有名な『三英傑』の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康も豊川稲荷を信仰していたらしいよ!」


依はふふんと胸を張りながら揚々とトリビアを話してくれている。

もしかして、あなたに教えるために一生懸命に調べてきてくれたのかもしれない。

なんて考えると、あなたはその嬉しさからふふっと笑ってしまった。


依:「え!君、なんで笑うの〜!」


==========


本殿前で参拝客が列をなしており、あなたは依と話をしながら待っていた。

しばらくすると、あなた達の参拝の順番が来た。

あなたは賽銭を投げ入れ、依の合図を待つ。


依:「じゃあね、まずは手を合わせて『帰命頂礼キミョウチョウライ 豊川枳尼眞天 トヨカワダキニシンテン』って三回唱えてね。」


依:「終わった?次に『オンシラバッタニリウンソワカ』って七回唱えるの。噛みそうになるけど頑張って!それが終わったら心の中でお願い事をするんだよっ!」


==========


数十秒後———


あなたは、目を瞑って懸命にお願い事をした。

それを終えると、真横からの鋭い視線を感じた。

バッと横を見るとそこには…、依が首だけを捻り、目を見開いてこちらを凝視していた。


依に表情が戻るまでのほんの一瞬————、

あなたは見たことないものを見てしまった気がして、息が詰まるような感覚を覚えた。


依:「アハハ。参拝は終わったようねェ。これで恋愛成就できるわよ!じゃあ次にー」


あなた:「まだあるの?」


依:「もちろんっ!今度はあっちのちょっと暗くなってる道、『狐塚』の方にいきましょ!」


あっち、と依が指差した方はどうやら建物の下をくぐる構造になっているらしい。

薄暗くて先が見えないので行くのを躊躇しているあなたをお構いなしに、依が雰囲気に合わない明るい声をかけてくる。


依:「こっちこっち!行くよォ!」


==========


依:「ここは『奥の院参道』。今はね、『狐塚』へ向かっているよ。ほら、いっぱい旗があるでしょォ?これはね、参拝しにきた人が奉納したものなんだって!その数の多さから『千本幟せんぼんのぼり』って言われているんだって。」


ふと、あなたはその旗を見るために止まると、その違和感に気づいた。

あまりにも————静かだ。

さっきまで砂利をかき分ける音が後ろから聞こえていたのに、それが止んだのだ。

同じ参拝客のものかと思って気に留めていなかったが、これは…なんだ?


再びあなたが歩みを進めると、その音はまた始まった。

ジャク、ジャク、ジャク。

一定のリズムで、それはあなたに近づいている気がする。

ジャクジャク、ジャクジャク、ジャクジャク。

そして、その数が増えている気がする。

後ろを振り返る勇気なんて、あなたにはない。


依:「ダァイジョウブだよ。さぁ、進もう。」


==========


依:「着いたァ!ここが『狐塚』。祈願成就のお礼として参拝客から奉納された狐の石造物が置かれているんだよ。」


そこには依の言葉通りずらりとお稲荷様の石像が並んでいた。

何体いるのだろう…、優に百は超えていそうだ。

数えるだけでも億劫になる程の石像が、あなたの方を向いている。

風もないのに、木の葉が擦れる音がする。


依:「じゃあ君。そこで提灯を持って待ってて。」


あなた:「なんで?」


依:「すっごく楽しいことが起きるからァっ!」


チカチカと、ライトアップが無秩序に点滅する。

ジトリと、生ぬるい空気があなたに縋り付く。

あなたは息を吸って、吐いて———、声を絞り出した。


あなた:「———ねぇ。いつまで続ける気なの?」


依:「あらァ、何を?」


あなた:「そのお芝居。アンタ、依じゃないでしょう?」


しばらく無音が続き、十秒ほどたった時。

あなたが「ねぇちょっと」と声をかけようとした瞬間、聞いたことのない笑い声が聞こえた。


依:「キャッハハハッ!!」


あなたは、スゥと背筋が凍るのを感じる。

石像のライトアップが、どことなく彩度を落としているようだった。


化け狐:「アラァ…、どこでわかったのかしらぁ?私がァ、この子に憑いているって!!」


あなた:「本当の友達なんだから見れば分かる。なんでこんなことをしたの?」


化け狐:「だって、だって、だってェ……。私だって人間みたいに恋がしたかったんだものォォォォ!!」


周りの気配が、揺らぐ。

動くはずのない石像の四方八方からクスクスと笑う音が聞こえる。


化け狐:「昔からァ人間ばっかり、神様や私たちにお願いをしてェ、私たちはそれを叶えてェェェ…。私たちの仲間ばっかりが増えていって、みィんなで人間を眺めて…。『楽しそうでいいなァ、羨ましいなァ』って、ずっとずっとそれの繰り返しィィ!!!なら少しくらいイタズラをしても、いいじゃなァァい!!??」


あなた:「それでもやっちゃ駄目な事はあるでしょ。友達を返して。」


化け狐:「アァァラァ!君は薄情な子ねェ!!もういいわ。興味失せちゃったァ!」


相手は怒っているのだろうか。

轟轟と唸るような風があなたの剥き出しの上腕をなぞる。


化け狐:「君のお友達からは離れてア・ゲ・ルゥ、さァ、とっとと帰りな。でもォ…、その前にィィィィ!!!キャッハハハハハハ!!!」


風が吹き荒れる。木の葉が一層激しくぶつかり合う。

眩光と暗闇が石像たちを照らし、提灯すらも呼応するように激しく点滅する。


あなたの意識は、ブチンと途絶えた。


==========


依:「…。…みっ、君っ!大丈夫?」


依の声が段々と大きく聞こえてきて、あなたは目を開ける。

どうやら先ほどの石像のところで、器用なことに立ったまま意識を失っていたようだ。

あなたは、依と一緒に参拝に来ていたのを思い出す。


あなた:「うん…、大丈夫だよ。」


依:「よかったぁ。じゃあ帰ろ!えーっと確か出口はこっちだっけ?」


あなた:「ううん、そっちじゃないよ。」


依:「え?なんで…、あ、もしかして地図見た?そういえば、出口近くにお花の形のおみくじがあるんだって!ちょっとやっていかない?」


あなたはいいよと答える。

依はとても嬉しそうな顔になり、あなたも釣られて笑った。


==========


依:「あったあった!ここだよっ。うわぁ、いっぱいあって綺麗。じゃあ引こう!」


あなたは、色とりどりの花みくじを選んでいる。

一足早くおみくじを選び終わった依が、おみくじをガサガサと音を立てて開けている。


依:「何が出るかなぁ…。私はどれどれ……。あー、やった!!大吉だぁ!君はどうだった?」


まだ見ていないよ、と答えるあなた。

しかし、隣で困ったような声が続いた。


依:「あ…、でもなんだろうこれ…。」


依の少しトーンが落ちた声に、どうしたのと声をかける。


依:「えっとね大吉だから良いことが書いてあると思ってたんだけど…、なんか少しだけ変なこと書いてあるの。この項目なんだけど、『走人・かくるべし』ってあるの。『走人』って確かいなくなった人ってことだよね。でも身近にいない人なんていないのになぁ…?『かくるべし』は隠れるって意味だから姿を消しちゃうってことかなぁ?」


ふぅん、とあなたは無頓着そうに相槌を打つ。


依:「あ…、あとね、『失せ物・しばらく出ないでしょう』って。なんか不吉だね…。」


おみくじの項目なんて大したことじゃないよ、と笑いながらあなたは答える。


依:「えー、でも…。まぁ、君がそう言うならいっか。ちゃんとお祈りできたし、君にもこれからいいことあるといいねっ!」


==========


提灯を返却し、境内を出る門をくぐると、依はあなたに不安そうに尋ねてきた。


依:「ねぇ…、今日は楽しめた?もしかして私、今日変じゃなかった?」


なんで?とあなたは尋ねる。


依:「えーっとね、実は私途中でちょっとボーッとしちゃったから…、ところどころ覚えてないんだよね。私、ちゃんとガイドできてた?特に本殿で参拝し終わった後からほとんど覚えてなくって…。気づいたら狐塚のところにいて、君が棒みたいに立ちすくんでいるのを見てびっくりしちゃったよ!」


あなたは少し迷ってから、答えた。


あなた:「そんなことなかったよ、楽しかった。」


あなたの返答によって依の顔がパァと明るくなったのが、街灯しかない暗闇のなかでもわかる。


依:「そっか、ならよかった。私も君と来れて楽しかったよ、ありがとうね!じゃあ参拝も終わったし、君が食べ損ねちゃった稲荷寿司を食べに行こう。その前に、私ちょっとお手洗い行ってくるから待ってて。」


==========


依は足早に去っていった。

足音が聞こえなくなり、影が見えなくなったのを確認してから、あなたは依とは別の友人に電話をかける。

その友人もまた、と同じで叶うかどうか分からない恋をしているのを、は知っている。


—————プルルプルルプルル。ガチャン。


その友人は、気怠そうに電話に出た。


友人:「もしもし?何、急にどうしたの?」


あなたの口角がニィと上がる。

その笑みを声に乗せないように、気を張りながら話す。


あなた(?):「ねェ、豊川稲荷って知ってる?日本三代神社で、縁結びで有名なんだ!え、知らなァい?ならガイドしてあげるからさァ、行こうよォ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛成就と呪いはカミヒトエ 悲哀の笑太郎 @HomuKami20

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ