本編

 飛騨金山駅を出て、町の振興事務所方向に向かうと金山橋という橋がある。

 馬瀬川と飛騨川が別れる場所を跨ぐように建てられたこの橋の両端には、夏祭りの時期には沢山の屋台などが並び、花火を間近で見られる。

 そしてそれを渡ってしばらく旧県道の道なりに行くと、時計がある十字路がある。

 そこが、あなたが立っている場所。奥飛騨酒造のお酒を楽しむために、岐阜から電車に揺られてきたあなたが立っている場所。

 しかし、あなたはここである問題に突き当たるだろう。あなたが左の坂を登れば、途中で瞬きすると十字路に戻っている。

 右の道へ行っても、真っ直ぐ駅の方向へ戻っても、国道41号線方向へ向かっても、同じことが起こるだろう。

 何故かはわからない。だが、あなたが酒造へ着くにはしばらくかかりそうだ。


 しばらく、あなたが試行錯誤してなんとか十字路から出ようとする。だが、夕焼け空になるまで現状は変わらない。

 ああ、宿にチェックインする時間が……なんてうなだれていると、音が聞こえるだろう。


 ここん。ここん。ここん。ここん。


 そんな、小さい太鼓のような、そんな音。どうやら、駅方向から鳴っているようだ。

 少しして、金山橋の方向からこちらへ向かう何かの列が見える。

 それは背の小さな、真っ白で顔の無いお面をつけた何か、少年のような者たちの列。

 あなたが驚きながら道の端によけると、その列は国道41号線方向へ向かっていく。

 まあ、こうしていても仕方がない。あなたは、その列の後ろを少し開けてついていくことにした。


国道41号線と旧県道の境にある小さな山である、鎮守山。その方へと列は向かっていった。

 列の進むスピードは非常に遅く、山にあなたが付くころにはすっかり夜になっていた。

 そして、その山の上にいたのは、巨大な男。

 昔、京都などの寺院で見たものすごく怖い仏像の顔。憤怒の表情のようなものをした巨漢。

 その腕は4本あり、それだけで、その存在が人外であると知ることができる。

 その前には、色とりどりの敷き物。その上に、お面の者達が座っていく。

 そして、巨漢が正座し、口を開く。


「飛騨金山鎮守山へ良くお越しくださった。百鬼夜行の皆さま、日本横断まであと半分ですが、今晩はここでお休みくださいませ」


 地獄から響くような低い声色で、だが内容としては、仮面の者達を歓迎するもの。

 すると、小さな白髪の猿たちが、赤い徳利や、ご馳走の乗った台を持ってくる。

 あなたが呆然とそれを眺めていると、仮面の者の一人が、くるり、とこちらを見た。


「おや、人間が紛れているぞ」

「おや、ほんとうだ」

「おや、珍しい」


 そんな、少年のような、少女のような。それでいて背筋が寒くなるような声が響く。


「どうする皆の衆」

「食うか?」

「いやいや、今はそんな時代じゃないだろう」

「なら殺すか?」

「いやいや、この宴の場を血で汚す事もあるまい」


 そんなぞっとするような内容の会話がしばらく続き。


「なら、共に酒を飲むか」

「ふむ、たまには悪くない」

「よしよし、なら人間。こっちにこい」

「こっちにこい」


 あなたは、今逃げ出すこともできた。

 だが、恐怖と混乱から、その声に導かれるように、宴の中へ。


「ほら、飲め」

「ほら、食え」

「ほら、歌え」


 そう口々に言う仮面の者達に、あなたは問う。あなた達は?と。


「我らは百鬼夜行」

「日ノ本の妖の大移動。まあ、人間でいう旅行のようなものだ」

「今宵は両面宿儺殿に招かれて、ここで休息をとる事となった」

「だが、ここ最近は参加する妖も少なくなった」

「寂しいものよ」


 なるほど、と思いながら、あなたは震える手で、酒を飲もうとする。

 だが、それを止める声。


「待たれよ人間。その酒を飲めば、そなたも妖よ」


 地の底から響く声。両面宿儺の声。


「皆の衆。悪戯な事もほどほどにして下され。人には人の、我らには我らの喰うべきもの、飲むべきものがござりましょう」


 あなたはそれを聞き、慌てて酒を置く。

 すると、仮面の者達が愉快そうに笑う。


「もう少しでしたな」

「悪戯をして悪かったな人間」

「わびと言っては何だが、人の食い物、人の飲み物を用意させよう」


 あなたの前には、様々な料理が並ぶ。

 蜂の子を使った炊き込みごはんや、味噌をたっぷり使った煮込み、アユの塩焼きに……

 食べる気力も起きないが、食べなければ何をされるかわからない。あなたはなんとかそれを胃に収める。


「良くすべて平らげた」

「アッパレアッパレ」

「ならば人間。お前の食いぶりに免じで、この場から出してやろう」


すると、一瞬浮遊感。

 そして……ざばん!

 あなたは気が付けば、滝つぼ近くに落ちていた。

 どうやら、ここは四つの滝。この地にある有名な滝の様だ。

 あなたはびしょびしょになりながら、滝つぼ付近から上がる。


 散々な目にあったあなた。

ここで、ずぼんのポケットに手を入れてみてください。

 そこには、ポケットに入るだけの大きさの金剛石が両もものポケットに入っているはず。

 どうやら、百鬼夜行の者達からか、両面宿儺からか。この盛大な悪戯に対する、わびの気持ちらしい。




 え、入っていない?

 だって、これを読んでいるあなたは、百鬼夜行にあっていないでしょう?



 

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百鬼夜行にご用心 バルバルさん @balbalsan

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