冒険者組合

冒険者組合とは、ダンジョンに潜る冒険者を管理している事務所だ。

冒険者になりたい人は、スキルの詳細や個人情報などを冒険者組合に登録することで、初めて冒険者となりダンジョンに入る許可がおりる。


当然、俺も登録済みだ。

昨日、ダンジョンに向かう前に、海斗と一緒に訪れて登録を済ましておいた。


受付に向かうと、昨日俺の登録作業を担当してくれた姫奈さんがいた。

黒スーツでバッチリ決めている姫奈さんだが、ワイシャツのボタンを開けすぎているせいで、角度によっては大きな谷間が見えてしまう格好だった。

どう考えても、わざとやっているとしか思えない。

この人、受付で何やってんだ?


「あれー、たしかアキラ君よね? 2日連続でどうしたの?」


姫奈さんが俺に気が付いて声をかけてくる。

年上のセクシーなお姉さんに名前を憶えてもらえていたと知り、わずかに身体が熱くなる。非常事態なのに、下らないことで喜ぶ自分が情けなくて、一人で反省する。もし、隣に咲良がいたらジト目で睨まれていたかもしれない。


「モンスターについて調べたいんです。それと、色々気になることを見かけたので冒険者組合の人に話を聞きたくて」


「りょーかい。若い冒険者のお願いならいつでも大歓迎よ。お姉さんが手取り足取り教えてあげるわ~」


姫奈さんが、カウンター越し身体を乗り出して、上目遣いで俺を見つめてくる。


「い、いや・・・・・・ちょっと近いですって」


「きゃー、反応が初々しくて可愛いぃ~」


「もう揶揄わないでください。それに姫奈さんもまだ若いでしょ」


「女の時間があっというまに過ぎていくのよ。先週だって同僚の子が結婚して寿退社したし」


拳を握りしめて、姫奈さんが悔しそうに歯を食いしばって「悔しい、なんで私は結婚できないのよー」とぶつくさ呟く。


その危ない雰囲気に俺は気圧されて後ずさる。

昨日遭遇したスライムや角ウサギより、よっぽど怖いと思ってしまうのはなぜだろうか。姫奈さん、美人なのに結婚できないのは、そういうところでは?


「ごっほん、あのそろそろ質問していいですか?」


「あっごめん、つい熱くなってしまったわ。それで、聞きたいことって?」


「さっきも言ったように、モンスターについてです。姫奈さんは、言葉を喋るモンスターについて知っていますか?」


「ええ、S級ダンジョン以上のダンジョンでいくつか確認されているわ」


「S級ダンジョン以下で、そういったモンスターが確認された例はないんですか?」


「ないわね。知能が高いモンスターは総じて凶悪なのが多いから、S級以下の冒険者では対処できないもの」


ということは、やはり昨日目撃した泥の化け物はイレギュラーということになるのか。S級冒険者の海斗が一方的に負ける程の強さだ。あんなモンスターがE級ダンジョンにいたのは、不自然すぎる。


「今まで発見された言語能力のあるモンスターってどこかで確認できますか?」


「できるわよー、どんなモンスターの情報が知りたいの?」


「えーと、全身が泥に覆われていて、4メートルくらいある人型の化け物です」


「おっけー、調べてみるね」


そういって姫奈さんは受付にあったパソコンでカタカタと調べ始めた。

もしかしたら、昨日見た化け物の情報はどこか別のダンジョンで目撃されていて、既に登録してある可能性だってある。ダンジョンで共通のモンスターが現れるのは珍しくない。それこそ、スライムなんかは基本どのダンジョンでも存在する。


だから、何か情報が得られると期待して聞いたのだが、


「うーん、そんな情報はどこにもないわね。冒険者組合のデータベースにないってことは、未発見のモンスターかしら?」


得られる情報はなにもなかった。

けれど、それも当然か。あんな死者を蘇生するようなモンスターがいたら、もっと有名になっている筈だ。


しかし困ったな。冒険者組合で、新たな情報が得られないなら完全に手詰まりだ。

なにかしらの手がかりをつかめると思ったのに。


どうしていいか分からずに唸っていると、姫奈さんが声をかけてくる。


「アキラ君は、泥のモンスターを目撃したの?」


「いえ、そういうわけでは・・・・・・」


正直に話すべきなのか悩む。

真実を伝えたところで信じてもらえるのかという不安もあるが、伝えてしまえば確実に海斗に調査がはいってしまうだろう。

そうなれば、海斗はどうなるのか?

研究対象としてひどい目に合わされるかもしれない。アイツがモンスターだったならそれでも構わないが、もし本人だったら? そんな不安がよぎってしまう。


しかし、それを踏まえてもE級ダンジョンにあんな化け物がいるのを放置はできないか。こうしている間にも、別の冒険者が襲われている可能性だってあるんだ。


そうなると、もはや俺だけの問題ではない。

全てを話そう。

そうおもって、姫奈さんに伝えようとした時だった―――


とある考えが俺の頭をよぎった。

それは、最悪なシナリオだ。

どうして、俺は気が付かなったのだろう。


なぜ、死んで蘇った奴が海斗一人と勘違いしていた?


だって、あの化け物は海斗を殺した時言ってたじゃないか。

『SS級冒険者以来の大当たり』だと。

つまり、海斗の他に同じような目にあった人間がいるということ。


E級ダンジョン『始まりの洞窟』は、この地域周辺で冒険者デビューする者が最初に通う場所だ。それが意味するのは、一度でもあのダンジョンに足を踏み入れた者は、海斗の同じ状態の可能性があるということ。


俺はその場で周囲を見渡す。

冒険者組合の事務所内には、多くの冒険者達がいた。談笑をしたり、次のダンジョンの攻略について話合っている。



そうだ、こいつら全員が容疑者だ。

目の前にいる姫奈さんだって信用できるか分からない。


これは、俺が自分の力で解決しなければいけない問題だ。

あの泥の化け物は言っていた。

『SS級冒険者以来の大当たり』だと。


つまり、アイツは過去にSS級冒険者を倒したということだろう。

ダンジョンの難易度ランクの基準は、同ランクの冒険者が単独で攻略できるかで決まる。SS級冒険者が負けたということは・・・・・・


俺は自分でも知らぬ間に背負っていた重過ぎる責務を自覚して、恐怖で身体が震える。目を瞑ると、意識せずとも深いため息があふれてくる。


俺が、俺だけが・・・・・・


初心者向けE級ダンジョン『始まりの洞窟』が実はSSS級ダンジョンだと知っている。


――――――――――――――――――――――――――――――


これでプロローグが終わり、次回から本編となります。

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初心者向けE級ダンジョン『始まりの洞窟』が実はSSS級ダンジョンだと俺だけが気が付いている 街風 @aseror-t

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