真偽

ホームルーム前に、俺たちは空き教室に訪れていた。


授業でも利用されていない教室は、掃除が行き届いていないせいで、ホコリが宙を舞い、窓から差す光にホコリがキラキラと反射して輝いていた。俺は換気をするために、窓を開けて新鮮な空気を部屋に取り込む。



教室の真ん中に無造作に置かれてた椅子に海斗が座った。ゆっくりと腰を落ち着かせる海斗の様子を、俺は腕を後ろで組みながら見ていた。


親友の普段と変わらない仕草や笑顔が、俺の不安を刺激する。何も変わらないからこそ、逆に恐ろしく感じてしまう。あんな事件が起きたあとに、どうしてそんな平然といられる?



「急に二人で話がしたいってなんだ? もしかして、昨日のダンジョンのことか?」


微塵も緊張した雰囲気もなく、リラックスした海斗がそう質問してくる。


「ああ俺達、昨日ダンジョンの途中ではぐれちゃっただろ? そのせいで、迷惑を掛けたと思うから謝りたくて」


海斗との会話を予想して、事前に用意していた言い訳を述べる。

あくまで、俺は海斗に何が起きたかを知らないていで話すつもりだ。もし、あの泥の化け物と、蘇った海斗を目撃していたことがバレたら、最悪の場合、俺も始末される可能性がある。


だから、少しでも不審な点を見せるわけにはいかない。そのために、昨夜は寝ずに海斗との会話シュミレーションを何度も脳内で予行練習してきた。


失敗は許されない。

生まれて初めて、賭けのテーブルに命をBETする感覚。俺はいつの間にか、強く握りしめていた拳を、ゆっくりとほぐして、緊張が相手にバレないように笑顔をみせる。


海斗は特に俺を怪しむ様子もなく喋りはじめる。


「ほんと勘弁してくれよな。お前ってば、いきなり姿から、ビビったぜ。はぐれた後、心配でずっと探したけど、どこにも見当たらないしよぉ。いったいどこに行ってたんだ?」


「あはは、ごめん。実は海斗を驚かせたくて、お前が目を離した隙に隠れて、来た道を引き返してたんだ」


「はあ? どうしてそんなことしたんだよ?」


「ダンジョン入る前に言っただろ? 『俺のスキルで驚かしてやる』ってさ。そのための準備に少し時間がかかってさ」


用意していた答えに、海斗は納得のいかないような態度をみせる。終始愛想の良い笑顔を浮かべてはいるが、瞳はまっすぐに俺を見つめて、まるで品定めをするみたく重たい視線を向けてくる。


「たしかにそんなこと言ってたな。けど、どうしてすぐに戻ってこなかった? そのスキルってのは、用意に時間がかかるものなのか?」


「いや、そんなことはない。たしかにスキルは会得したばかりで扱いに慣れていないが、別の原因さ」


「そうか。だが、ちゃんと説明してくれないと全然理解できないな。昨日ももったいぶってたし。なあアキラ、


きた・・・・・・


この質問は、絶対に聞いてくると予想していた。

海斗はいくつかの理由で俺を疑っている筈だ。

ダンジョンで突然姿を消したこと。最後まで明かさなかったスキルの詳細。そして、口にこそ出さないが、なによりも海斗が気になっているであろうことは、

これらの疑問を解消しなければ、俺は永遠に疑われ続けるだろう。そうなったら、今後海斗を調べるのは難しくなるし、俺の命も危ない。

だから、その疑いを晴らさなくてはいけない。


ここが正念場だ。

俺は声が震えない様に意識して、ゆっくりと語りかける。


「ああ、もちろん見せてやるさ。けど、スキルの無断使用は重罪だから見たことは秘密で頼むよ」


そういって、俺は後ろで組んでいた腕をほどき、右腕を先ほど開けた窓の方へと向ける。


静かな空き教室に、カチッと渇いた音が響く。


・・・・・・すると


突如として火花が散った。



ポーンという小気味の良い音を立てて、何発もの火球が俺の右腕の先から飛び出して、窓の外へ飛んでいく。


突然の炎に海斗は驚いたのか、飛び起きた勢いで椅子を倒して、大声をあげる。


「び、びっくりしたー! アキラいきなりなにするんだよ!」


「あははは、驚かせてごめん。でも言っただろ、スキルでビックリさせてやるって」


「その・・・・・・手から火をだすのがお前のスキルってこと?」


「まさか、全然違うよ。答えはもっと単純さ」


そして、俺は種明かしをする。

スキル『インビシブル』の能力で消していた、ライターと花火を海斗に見せた。


「俺のスキル『インビシブル』は、触れた対象を透明にする能力さ。これで点火する直前までライターと花火を隠してただけだ」


全ての火球を発射して、燃え尽きた花火とライターを海斗に手渡した。

しげしげと、海斗はそれを見る。


「へえー、随分とめずらしい能力だね。透明化を解除するまで、花火を持っているなんて全然気が付かなかったよ」


「ははは、予想通りのリアクションでこっちは楽しかったぞ。で、詳しくスキルを説明するとだな、俺は触れている対象を見えなくすることが出来るんだ。こんな風にね」


俺は海斗に渡したライターを取り上げて、姿を消して見せる。



能力を解除して、もう一度ライターを取り出してみせる。


「ほんとうはな、昨日ダンジョンで海斗に今見せたのと、同じことをしたかったんだ。そのために隙を見て海斗から離れて花火の準備をしてたんだけど、俺ライターをダンジョンの途中で落としたみたいでさ。探すために来た道を戻ってたんだ」


なにも嘘をついていないとアピールするために、強引に笑顔を取り繕い笑って見せっる。心臓がバクバクと高鳴るが、動揺がばれないように説明を続ける。



「でもさー、ダンジョンって入り組んでるじゃん? それで、迷子になって離れ離れになったってわけ。マジで怖かったぞ。初心者なのに一人でダンジョンをさまよったんだから」


話し終えると、海斗は数度頷き、考え込むような態度をみせる。

どこかで嘘がバレてないか、緊張で足が震えそうになるのをぐっとこらえる。


「んー、まあ大体わかったわ。なるほど、そういうことがあったんだ。たしかに、あの辺は道が入り組んでいるし、初心者は良く迷子になるって言うしね。アキラの言うことを信じるよ」


と言って海斗は俺の肩を叩いてくる。

よかった。どうやら信じてくれたようだ。俺は安堵で全身から力が抜ける。笑顔でその場の空気を誤魔化しながら、海斗から視線を外して考える。


おそらく、現状俺のついた嘘はばれていないはず。それと、海斗と会話をして俺にもいくつか分かったことがあった。それについては、授業中に一人で改めて考えるとするか。


俺はうつ向いていた視線をあげる。

顔上げると、まるで死んだような、虚ろな目つきで、俺を観察する海斗がいた。

長い付き合いで、一度もみたことのない表情。


「なあ、アキラ。本当にダンジョンで他になにもみてないんだよな?」


ゾッとするほど、冷たい口調で海斗はそう言ってくる。


「もちろんさ。むしろ、なんでそんな質問するんだ? まるで、俺とはぐれた後に何かあったような口ぶりじゃないか」


そう聞き返した時、俺は胸の内で「やっちまった」とひとりぐちる。

突然の態度の豹変に焦ってしまい、一番聞きたかった質問を雑にぶつけてしまった。

しかし、海斗は俺の質問に特に動揺したような態度は見せなかった。わずかな間をおいて、海斗が口をひらく


「・・・・・・・いや、ただ聞いただけさ。特別なことは何もなかったよ。それに、よくよく考えれば、駆け出し冒険者のアキラが、S級の俺に気が付かれず隠れられる訳もないか・・・・・・ごめん、俺の考えすぎだったわ」


言い終えると、海斗はいつものみたいに愛想の良い笑顔を浮かべて、俺の肩から手をどけた。


「色々聞いて悪かったな。そろそろ教室に戻らないと、どっかの馬鹿が学校で花火なんてしたせいで先生に怒られちまう」




授業中、俺は先ほどの海斗との会話の中であったことを頭の中でまとめていた。


一つ目は、アイツが本物の海斗かは未だに分からないということ。ただ少なくとも海斗の記憶を持っているのは確実だ。会話の中で交わした、スキルをみせる約束などをアイツは覚えていた。また、ダンジョン内ではぐれた話などからしても、海斗が死ぬ前の状況を理解しているということになる。


それでも、あれが本物の海斗と断言できないのは、二つ目に感じたことにつながる。


二つ目は、海斗に対する違和感だ。

アイツはダンジョン内で何も起きなかったと嘘をついていた。

もし、あれが本物の海斗なら、そんなことをいう理由がどこにある?

真実を隠すということは、相応の動機があるはず。そして、一番大きな違和感はアイツの言った『ダンジョンではぐれたあと俺をずっと探していた』という発言。

海斗は優しい奴だから、初心者の俺がダンジョンで迷子になったら必死に探すことだろう。事実、アイツは俺をさがしたのかもしれない。


しかし、それは一体どういう感情からでた行動なのか?

俺がダンジョンをでた時刻は、夜遅かった。

だが、冒険者組合の関係者が行方不明になった俺を捜索するような事態にはなっていなかった。帰宅後も、俺は家にいた家族に帰りが遅くなったことを怒られたが、ダンジョンにいたことは知らなかった。


つまり、海斗は俺とはぐれた後、俺がダンジョンで消えたことを誰にも報告していないということだ。

アイツは、心配で俺を探したと言ったが、本当に心配してるなら矛盾している。

俺の親友の海斗という男は、友達が行方不明になったら他人に止められても見つかるまで探し続けてくれるような人だ。


だから、俺はアイツが本物の海斗とは到底思えないんだ。


そして、3つ目。俺は海斗に対して、。あいつは、まだ俺が自分の姿を隠せることを知らない。これは大きなアドバンテージだ。この能力がバレない限り、俺はお前を監視し続けることが出来る。


嘘をついているのはお互い様という訳だ。

だから、どっちが先に化けの皮をはがすのか、勝負といこうじゃないか。


俺は絶対にアイツの正体を暴く。

そして、もし海斗が死んでいたとしたら、俺は絶対にお前も、あの泥の化け物も許さない。必ず仇をうってやる。


そのために、まずは色んな情報を集めなければ。もしかすると、冒険者組合には、あの泥の化け物に関する情報があるかもしれない。事情を話せば、冒険者だって俺に協力してくれるはずだ。


放課後になったら、冒険者事務所に行ってみよう。きっと何か手がかりがあるはずだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


作者あとがき


展開がスローで申し訳ないです・・・・・・

次回タイトル回収でプロローグが終わり、本編が始まります。

本編はもっとテンポよく進む予定ですので、お許しください。


もし、続きが気になる、面白いと思った方はぜひ作品フォローと★での評価をお願いします。作者のモチベになりますので、よろしくお願い致します。




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