あとがき

 本編を最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。


 作者としましては、一度終わった物語は読者様の手に委ねたいところが大きいので、普段はあまりあとがきや解説などを書かないようにしています。ですが、今回は聞いてみたいというお声をいただいたので、少し書いてみたいと思います。ご興味ある方は続きをお読みください。

 あとがきは不要、という方はここでブラバ推奨です。


 この物語はお題企画の「藤色」というテーマで双子の少年と十緒子を軸に書いています。でも本来は十緒子が主軸になる長い話でした。

 松枝初代の当主は、精霊や妖、神でさえも従える力のある男という設定です。彼には直忠なおただ直保なおやすという双子の息子がいました。昔は、双子は獣腹の忌み子として扱われ、片方は生まれてからすぐ殺されることが多かったそうです。しかし、それを憐れんだ母親の懇願で、弟の方は土蔵の座敷牢に隠されて育つのです。


 座敷牢は指籠さしこと呼ばれたものの俗称ですが、ここでは文字数を減らすために、知名度が高そうな呼び名の方を使いました。元は罪人を監禁する場所というより、手に負えない程心神喪失した者を閉じ込める役割の方が強かったそうです。

 私は曲から着想を得ることも多いのですが、戸川純のアルバムに「玉姫様」という曲があります。ひと月に一度、ご乱心で暴れ狂うお姫様が座敷牢の奥に閉じ込められている、という内容です。

 十緒子が怒り狂った時の様子はその辺りから書いています。


 話が逸れました。幼い頃仲の良かった兄弟は、時々入れ替わったり、2人でこっそり外に出たりして遊んでいました。少し成長した2人は山で十緒子 (と、名付けられ呪縛される前の精霊)に出会い、交流を持つうちに自分たちの異能を開花させていきます。

 

 昔の十緒子は物語のラストに出てきたような美人さんですから、双子は彼女を同時に好きになってしまい、そこからすったもんだします。父親にバレて十緒子共々座敷牢に幽閉されてしまった弟は、一緒に過ごすうちに十緒子と心を通わせて良い感じになります。

 兄の方は跡継ぎのプレッシャーはあるし、父親に色々言われるし、母親は弟に甘いし、十緒子は弟といちゃついてるので、面白くない訳です。そこから嫉妬に駆られた兄が凶行に及び悲劇が起こる、という流れになります。

 十緒子と直忠なおただ直保なおやすの物語は、いずれ中編か長編で書いてみたいですね。いつの日か、お目見えするかもしれません。


 この物語はその数百年後のお話です。少年達が十緒子の力を借りながら、伯父の罪を暴くミステリ仕立ても考えましたが、そこも省略。笑

 同じ悲劇を繰り返した伯父と、救われる未来を選んだ若者たちを眺めながら、十緒子は何を思っていたのでしょうね。(そこ丸投げしていいのか)


 今回使った長唄の藤娘は、可愛らしい娘の姿で描かれることが多いですが、本来は派手な格好で物見遊山をする遊女だったとも言われています。つれない男(客?)に恨み言を言いながら、酒を飲んでふらふら踊り、夕方になったから帰ろかな……と、しょんぼり帰っていく、という雰囲気です。

 現在の滋賀県大津市は、昔は東海道53番目の宿場町でした。大津宿と言われ、飯盛女と呼ばれる女性の給仕、実質は遊女のいる遊所が多くありました。そこで描かれた大津絵と、その画題を三味線などの伴奏に合わせて歌うお座敷芸が「大津絵節」、そこから藤娘だけが独立発展して、今の形になったと言われています。


 また、藤色や紫は中国由来の漢詩などから「高貴なもの」「神秘的なもの」という扱いでした。万葉の頃には、むらさきという言葉に色の概念はなく、ただ、むらさきの草花をそう呼んでいたようです。古今和歌集の頃になると、紫、藤に色の概念が出てきます。大化の改新の前と後では色の概念も違う訳です。

 中臣氏が大化の改新後に藤原氏に改名したのは、紫の神秘性に目をつけたからとも言われています。そして、その頃の和歌には「藤」「松」というお題が多く使われるようになりました。藤原氏が娘を次々に天皇家に送り込み縁続きになったことから、藤=藤原氏、常緑の松=天皇家を表しているという研究もあります。雅な和歌も権力者にゴマをする為のもの、と思うとちょっとスン……ってなっちゃいますけど、それはそれ、これはこれです。(和歌大好き)貴族も大変だったんですね、きっと。和歌が下手だと出世に響きますからね。


 十緒子の本体とされた藤の花言葉には「優しさ」「歓迎」「決して離れない」「恋に酔う」「忠実な」などがあります。つる植物なので、樹木などに巻き付いた姿から、男性に寄り添う女性というイメージがあります。

 香りには幸運をもたらすという言い伝えもあり、魔除け効果もあるのだそうです。「不死」や「不治」などの意味にも取れることから、めでたいのか不吉なのか分かりませんよね。

 植物としての藤の花には「レクチン」、樹皮や雌蕊部分には「ウィスタリン」、種にはアルカロイドの一種である「シスチン」も含まれ、扱いには注意が必要です。十緒子はそんな毒にも薬にもなりそうなイメージで書いていました。


 紫は赤と青という相反する色が混ざり合って出来ている色です。色の心理学で言うと、情熱と冷静、外向と内向、男性性と女性性、陰と陽、肉体と精神など、二立背反を融合させた神秘の色なのです。

 そういう方面からも紫や藤色について考えていたのですが、やはり1万文字以内では短かったなあ、というのが正直な感想です。笑


 あと、金が燃える時の炎色反応なども調べました。日本画に使う岩絵の具に使われる素材が燃えるとどんな色になるのか、とか地味なことをひたすら調べるのが好きです。


 つらつらと書き連ねてしまいましたが、キリがないので、この辺で。


 ありがとうございました。また別の物語でお会いしましょう。

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いとしと書いて藤の花 鳥尾巻 @toriokan

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