第一章 追放聖女と騎士隊長⑦

 小一時間も馬を走らせただろうか。瘴気がもうもうと立ちこめて視界も悪くなってきたころ、前方から複数人の悲鳴が聞こえてきた。

 目をこらすミーティアは馬の速度を上げようとするが、馬はこの先になにがあるのかわかっているのか、こわがって激しくいななくばかりだ。とうとう歩みを止めてしまい、しかたなくミーティアは馬から下りる。

「たくさん走ってくれてありがとう。このあたりで待っていてね」

 そのとき、また前方から悲鳴が聞こえてきた。同時になにかが暴れ回るような物音も。

 ミーティアはかばんをしっかり背負い杖をにぎりしめると、急いで物音がするほうへ走った。

 ち果てた建物をいくつか越えたところで、悲鳴の出所にき当たる。そこには荷物をかかえて走る人々と、その彼らを逃がしながら魔物たちとたいする騎士団の姿があった。

「魔物のこれ以上のしんこうを許すな! 死ぬ気で止めるんだ!!」

「おお──っ!」

 総勢十人ほどの騎士がたけびを上げながら魔物に斬りかかる。背後にひかえたきゆうへいも多くの弓を放つが、魔物は上空に飛び上がることで軽々とそれをけた。

 しようもやの向こうに見える魔物を見やって、ミーティアは「うわっ」と声をらす。

 先ほどのモグラのような魔物も大きかったが、空を飛ぶあの魔物も、やはり民家ほどの大きさだ。

 不気味な羽をバサバサと動かしながら飛ぶ魔物はもうどくを持つはちに似ている。だがそのどうたいは蜂よりも太く、灰色のこうかくおおわれていた。

 せわしなく羽ばたきながら牙の生えた口をカタカタと鳴らしてかくする姿に、ミーティアは「気持ち悪っ」とげんなりした。

「羽でき飛ばしてくるぞ! 全員腰を落とせ!」

 先陣を切って戦っている騎士が大声で叫ぶ。

 ブォン! と風がうなるほどの音が聞こえて、ミーティアはとっさに地面にせた。頭上をとつぷうが吹きけ、がいとうとスカートが大きくひるがえる。

(うぅ、瘴気の風だわ。ビリビリする……!)

 目にみる痛みにとっさに顔をしかめると「こいつの放つりんぷんには毒があるぞ!」と騎士の声が聞こえてくる。

 その声には聞き覚えがあった。だれであろう、自分を無能呼ばわりした、あの隊長格の騎士の声だ。

 ほとんどの騎士が風に吹き飛ばされ地面を転がる中、彼だけは立ったまま踏ん張り、風がやむと同時に跳び上がる。

 彼ははいきよかべや柱をって、あっという間に上空の魔物よりさらに高い位置へおどり出た。

「はぁあああ──ッ!!」

 剣の切っ先を下に向けた彼は、全体重をかけて魔物の上にドゥッ! と降りる。

 剣先は深々と魔物の頭をき、魔物はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げた。がむしゃらに羽ばたいたが、ほどなくバランスを失い、地面に真っ逆さまに落ちてくる。

「うわぁっ!」

 真下にいた騎士たちがあわてて横に跳んだ。

 ドォン! と地面をるがす音とともに落下してきた魔物は、頭からあごまでつらぬかれながらまだもだえている。

 地上にいた騎士たちはなんとか立ち上がりつつ、弓矢で魔物の身体からだっていった。

 だが魔物はより大きな悲鳴を上げて暴れ、とつぜん、口からドバッとむらさきいろねんえきを吐く。

「うっ!」

 真正面にいた騎士が粘液を全身に浴び、崩れ落ちるようにたおれた。

(いけない……!)

 ミーティアは粘液まみれの騎士に向けてそくに走る。

やしの力よ……!」

 集中すると、手の中のつえがぼうっと熱くなる。彼女は杖先に嵌まる宝石を倒れた騎士の身体に押し当てた。

「治れ……!」

 もはやピクリともしなくなった騎士に向け、全神経を集中させる。

 杖先の宝石がまばゆいほどの光を放った。同時に紫の粘液がいつしゆんにして飛び散り、騎士の姿が見える。

「──げほっ!」

 粘液のせいで呼吸不全におちいっていた騎士は、大きくき込んで目を開いた。

「あ、ああ、なにが起きたんだ……!?」

「動かないで!」

 ミーティアは目を白黒させる騎士をまたいで杖を構える。魔物が再び粘液を吐き出しそうなのを見て、杖を思い切りった。

「展開!」

 ビシッと空気が張りめ、うすく色づいた壁がミーティアやほかのたちの前に現れる。

 魔物が吐き出した粘液はその壁にはじかれ、魔物自身に飛び散った。

『ギャァアアアアアアア!!』

 自身の粘液にまみれた魔物が悲鳴を上げる。

 上に乗っていた騎士が「おわっ」とバランスを崩しそうになるが、すぐにけんにすがって体勢を整えた。

「くそっ、こうげき再開だ! 撃て──!」

 彼の言葉で、あっけにとられていたほかの騎士たちがたちまちわれに返り、矢を放つ。

 上に乗る騎士自身も、魔物のに剣を何度も突き立てた。

「いいかげんに……しろっ!!」

 彼はトドメとばかりに魔物の目に剣を突き刺す。

 魔物はまた『ギィイイイイイイ!!』と悲鳴を上げて暴れ回るが、ほどなく動きを止め、ぐったりと倒れ伏した。

「今だ! ふういん……!」

 騎士が剣をかかげると、魔物の身体はみるみるうちに宝石に吸い込まれていった。

 せいじやくおとずれると、息を詰めて封印を見ていた人々はほぅっとあんの息をく。

「……はぁ、はぁ、やつかいやつらだった……」

 ものくずれる寸前に地面に飛び降りた騎士は、剣をしまいながら全員を見回した。

はないな?」

「は、はい、なんとか……でも……」

 全員の視線がミーティアに向けられる。彼女が助けた騎士もまた、こわごわとこちらを見つめていた。

 隊長格の騎士は部下たちの視線の意味を正しく理解して、ずかずかとミーティアに歩み寄ってくる。

「おまえ、さっき結界を展開していたな? それにそいつも、毒をかぶったのにピンピンしているし──って、おまえ、さっきすれちがった聖女じゃないか」

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追放上等! 天才聖女のわたくしは、どこでだろうと輝けますので。 佐倉 紫/角川ビーンズ文庫 @beans

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