第一章 追放聖女と騎士隊長⑥

「──ここから先は行けねぇよ! 命が惜しいならすぐに中央に戻りな!」

「馬車なら車輪がくさるし、馬なら足が腐る。自分の足で歩くなんてとんでもねぇこった」

 新しい勤め先となる地方のしん殿でんを目指し、王都からつじ馬車を乗りいで移動してきたミーティアは、ちゆうで何人もの人間に「地方へ行くなんてぼうだ」と止められた。

 それどころか王都からはなれれば離れるほどに、これからなんするという人々に出くわすことになり、今朝たどり着いた村など、住民がほとんど引っしたあとになっていた。

「ここから先はしようがひどいんでさぁ。とても出歩けたもんじゃねぇ。聖女様も悪いことは言わねぇから、すぐに王都にお戻りなせぇ」

 自身もそろそろ避難するからと、引っ越し準備を進めていた村長に言われ、ミーティアは(ここからは一人で行くしかないか)と腹をくくった。

「では、馬を一頭売っていただけないかしら? もつけるわ」

「はぁ、それならこの馬をおゆずりしますが。……って、そっちは王都じゃなくて国境の方向だぁ! 避難しろって言ったのが聞こえなかったんかぁ!?」

 村長がおどろいた声を出すが、ミーティアはたくみにづなあやつり、さっさと村を出立した。

 確かに、村を出てすぐ、身体からだにまとわりつくねっとりとした瘴気が強く感じ取れるようになってくる。結界や護符で身を守れる者ならまだしも、そうでない者はただ立っていることすら困難なほどひどいじようきようだ。

「配属先の地方第五神殿はこの先のはずだけど……」

 果たして聖女や聖職者は無事なのかどうか。

 不安に思った、そのときだった。

「? なに──」

 とつじよ、目の前の地面がボコンッとふくれ上がる。ふくらみはそのまま左右にボコボコと増えていき、やがてミシッといういやな音を立てて、れつした。

「っ!」

 とっさに手綱を引いて馬を止めたミーティアは聖女のつえをしっかり構える。

 地面にできた大きなれつからきよだいなモグラのような魔物が出現して、彼女は思わず「なにあれ!?」とさけんでしまった。

(あれが魔物!? そのへんの民家より大きいじゃない)

 巨大なかぎづめと巨大な口、そこからするどきばをいくつも見せるものは、ドォンと地面をるがすほどのごうおんを立てて着地すると、真正面にいたミーティアをギロリとにらんだ。

 馬がおびえて全身をふるわせるのを感じつつ、ミーティアは結界を張ろうと杖を構える。

 すると、ドドドドド……という、馬の大群が走ってくるような地鳴りが、魔物の向こうから聞こえてきた。

(まさか新しい魔物!?)

 身構えたミーティアだったが──。

「──げるな、このモグラもどきがぁ!」

 聞こえてきたのは人間の声だ。同時にバッと魔物の背後からなにかが飛び上がり……ものすごい勢いで落下してくる。

 落下地点にいたモグラ型の魔物は、真上からおそってきたそれにドウッとみつけられて、文字通り地面にめり込んでいた。

『ギャァアアウ!』

 地面がミシミシときしむ音とともに魔物のみみざわりな悲鳴がひびいて、ミーティアは思わず両耳をふさぐ。

 もうもうと立ちこめるつちけむりの向こうを見ようと目を細めると──何者かが、手にしたけんで魔物をようしやなくりつけているのが見えた。

「はぁ、はぁっ、とんでもないきよを逃げやがって……! このおれだから追いつけたが、この次、逃げたら、容赦、しねぇぞ!」

『ギャアアアアア!』

 この次どころか今現在まったく容赦する気はないようで、痛みに暴れ回る魔物にしがみつきながら、その男はざくざくと魔物を斬りつけ続ける。

 そうして魔物がぐったりしたところで、両手で剣を掲げて「ふういん!」と叫んだ。

 たんに、剣にまる宝石がカッとまばゆいばかりの光を発する。

『グギャアアアウ……』

 魔物が断末魔の悲鳴を発しながら真っ黒な灰となってくずれていく。

 灰は風にい上がると、男の掲げる剣の宝石にたちまちのうちに吸い込まれていった。

「──よし、かんりよう

 身軽に地面に降りた男は、剣をさやにしまいながらふぅっと息をついた。

 すぐ目の前に降り立った彼を、ミーティアはまじまじと見つめる。

 彼が身につけていたのは王国団に支給される制服と、胸当て程度の簡易的なよろい、そしてマントだ。いずれもほこりまみれのボロボロで、これまでのせんとうがいかにこくだったかを物語っている。

 と、その彼が顔を上げて、こちらを真正面から見つめてきた。

 ダークブラウンのまえがみからのぞく緑色のひとみが、まっすぐにこちらを見つめてくる。

 ミーティアは軽く息をみ、あいさつしようと口を開くが──。

「──まだ避難していなかったのか、無能な聖女め! おまえたちの護衛までしているゆうはないんだから、中央神殿にでも引っ込んでろっ!」

「……なっ」

じやなんだよ!」

 彼はイライラした様子でき捨てると、こしをぐっと低くして、国境の方角めがけて

「え──」

 正しくは走っているのだが、ものねらうカササギよりも速い速度であっという間に走り去った彼を見て、ミーティアは呆然と固まってしまう。

 まばたきするうちに彼の姿は見えなくなったが、地面に点々とあしあと──というより、しようげきが加えられたことで完全にえぐれた土──が残っているのを見て、夢ではないようだとなつとくできた。

おそるべききやくりよくね。あの大きさの魔物を一人で弱らせ封印したしゆわんといい……隊長格か、それ以上のすごうでの騎士であることはちがいないみたい」

 が、しかし。

「……天才聖女のこのわたくしを、『無能』呼ばわりしてくれたわね?」

 ミーティアとしては、そこがもっとも見過ごせないポイントだ。彼が何者であろうと、そのにんしきは早々に改めてもらわねばならない。

「方角からして、彼が向かった先に地方第五神殿もありそう。さ、行くわよ」

 手綱をぱっと動かして合図すると、落ち着きを取り戻した馬はすぐに走り出してくれた。

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