第8話

真吾は、隣りの部屋にあゆみを潜ませ、ある決意を持って一成の前に。すると一成は、玄関から土足のまま、部屋に入ってきて

「久しぶりやな、真吾。あゆみは、俺の女や。あゆみは、ここに居るんやろ、返せ」

と、一成は真吾にぬけぬけと言ったが、真吾も黙ってはいない。

「一成・・・。おまえという奴は、俺からあゆみを奪っといて、俺の女やと。よーくぬけぬけと言えたもんやな。おまえ、俺との高校の時の、あの竹刀を交えた時のことを、忘れてないやろ」

一成は、真吾と目と鼻の先に顔を持って行き

「そんな昔のことは、忘れてしもたわ。何を戯言を言ってるんや」

「おまえは、いつからそんなくだらない奴に、成り下がったんや、親が悲しむぞ」

「うるせえ」

あゆみは、二人のやり取りに不安を感じながらも、真吾の

「俺から、あゆみを奪っといて」

という言葉にだけは、冷静にくいついた。

真吾は

「一成、これを覚えてるか」

と、竹刀を一成に見せたが

「それがどうした」

「俺とおまえが、一緒に戦って、お互いの竹刀に二人で名前を刻んだのを忘れたんか。俺は今ても、この竹刀を大切に、持ってるんやぞ」

「そんなことは、とうに忘れてしまったわ」

「おまえという奴は、そこまで落ちてもたんか」

真吾の目には、うっすら涙が。

あゆみは、長い間のマインドコントロールで、一成の声を聞いただけで、固まってしまっている。

「おまえっていう奴は、殴るだけのつもりやったけど、もう許さんぞ」

「どうするって言うんや。えぇ」

真吾が構えるために一歩下がると、一成は真吾にへ一歩近づいて。

「おまえを殺してやる」

と、真吾はポケットから刃渡り10cm程のサバイバルナイフを出すと、一成もズボンのポケットからナイフを取り出し

「真吾、自分の女を俺に取られたからって、未練な奴やな」

「やかましい。つくづく、おまえを親友やと思っていた自分が、嫌になったんや。覚悟せえ」

真吾が腰を落として、一成にナイフを構えた時、そのわずかのあいだに一成が

「うっ」

と呻いた。

あゆみが隣りの部屋から走ってきて、一成の脇腹に包丁を突き立てたのだ。真吾のある決意に気付いていたあゆみは、包丁を隣りの部屋にあらかじめ隠していた。真吾に内緒で。一成は、脇腹を押さえたまま、その場で倒れてしまい、真吾は呆然と。そして、一瞬の後、自分を取り戻した真吾は

「あ、あゆみ。どうして、どうして一成を」

「真吾さんを犯罪者にしたくなかったの。こんな、人でなしなんかのために真吾さんを、絶対に・・・」

まだ包丁を握ったままの、血まみれのあゆみの指を、真吾が一本一本ほどいてから包丁を離してやって、放心状態のあゆみを、強く抱き締めながら

「みんな、一成が悪いんや。一成が」

と、倒れたままの、一成を睨みながら真吾が言うと、あゆみが

「真吾さん、ありがとう。これでいいの、これでいいのよ」


しばらくして、あゆみは自ら110番をして。

一成は、血だらけで倒れたまま、全く動かない。

そして、10分後にパトカーのけたたましい音が、真吾とあゆみの家の前で止まって。


あゆみが、警察官に連行される時、

「真吾さん、私が出て来るまで、待っててくれる?」

「当たり前やないか。あゆみ、絶対にこの家で待ってるからな。絶対やぞ」

あゆみは、黙って頷いた。警察官二人に挟まれながら歩き去るあゆみの、その後ろ姿を目で追いながら真吾は

(待ってる。あゆみ、いつまでも待ってるで。俺がたとえ白髪になったとしても)





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あいつ 赤根好古 @akane_yoshihuru

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