第二一話 炎に包まれた武家の都(鎌倉)

五月二一日 

三つに分かれた新田の軍勢の内、新田義貞日いる本隊は、稲村ケ崎を通って、本格的に鎌倉市内に乱入を始めた。


普恩寺基時

「諏訪殿。次郎様(亀寿丸)や、四郎様(北条泰家)の例の件はどうなっておる。」

諏訪直性

「既に我が弟(諏訪頼重)に手配を頼んでおります。」

普恩寺基時(信忍)

「そうか、大義であった。高基、お前の妻子の方は。」

普恩寺高基

「は。既に二位殿の下に遣わし、妻には竹寿(高基の息子)や二位殿(亀寿丸の母)、常葉前様(北条邦時の母)、覚海尼様らを連れて共に伊豆へと落ちるようにと伝えております。」

普恩寺基時

「そうか。なればもう潮時かな…。」

普恩寺高基

「父上…。」

普恩寺基時

「そなたは諏訪殿と共に最後まで太守(北条高時)の御側に最期まで共にいてほしい。父は...先に散ったお前の兄(仲時)の下へ行くがな。」

普恩寺家の若当主であり、六波羅探題であった普恩寺仲時は、既に近江の金蓮寺で自害をしていた。共に散った人数は四三二人になるとされている。


普恩寺高基/諏訪直性

「承知しました」


そして———

普恩寺基時

「仲時、我が自慢の嫡男よ。父も今、そちらへ行くから待っておれ。」

第十三代執権、普恩寺基時は嫡男の後を追うように自害をした。

彼が自害した寺(普恩寺)の柱には、血でこのような和歌が書きつけられたという。


待てしばし 死出の山辺の 旅の道 同じく越えて 浮世語らん



五月二二日

新田軍は本格的に鎌倉へ侵入。街は生き地獄のような火の海に包まれていた。


北条泰家

「何。私に鎌倉を逃げおおせよと申すか!?」

諏訪頼重

「はい。既に太郎様(北条邦時)や次郎様(亀寿丸)はそれぞれ五代院の伝手と我が諏訪の伝手を頼って逃がしておりまする。しかし二人ともまだ幼い。あなたにはそれを導く役割を担ってもらいたい。」

北条泰家

「しかし...この状況でどうやって…。」

金沢貞冬

「諏訪殿…。四郎様(北条泰家)をお逃がしできさえすればよいのだな…。」

諏訪頼重

「え、えぇ…。」


ならば———

金沢貞冬は突如として、泰家の物具を脱がし始める。


北条泰家

「な、何をする!」


それでも貞冬は手を留めずに、今度は泰家に自らの血だらけになった物具を着せ始める。着せられたその姿は、まるで傷病兵のようであった。そして、あまり敵に顔が割れていないだろう泰家の郎党二人に、傷病兵を運ぶようの用具を持ってくるように頼んだ。


金沢貞冬

「あなたたちは、このまま四郎様(北条泰家)を新田の傷病兵として運び、鎌倉を落ち延びてください。私達は…この屋敷で皆で腹を切り、火を放って、四郎様が死んだように見せかけます。なぁ、皆!」

貞冬がそういうと、屋敷の皆も大きくうなずいた。


北条泰家

「皆…。すまぬ。」


そうして、泰家はわずかな郎党と共に上手く鎌倉を落ち延びていった。

諏訪頼重は同じ頃落ち延びたであろう亀寿丸の下へと合流を急いだ。



~東勝寺にて~

東勝寺にて見習い僧をやっている新熊野は、忙しくしていた。北条氏の者達や、それに仕える重臣たちが新田軍から逃げてきたからである。そんな中、ある北条郎党親子が、とんでもないことを噂しているのを耳にした。


長崎高資

「そういえば、この寺でしたっけ。裏切り者の足利当主、足利高氏の隠し子がいる、ていう噂があるのは。」

長崎円喜

「ああ、佐々木の判官殿(京極道誉)が言っていたことか。多分六年程前の話だったはずだ。名は、今熊野、といったけな…。」


今熊野

 (どういうことだ…。私が足利本家当主の子?確かに母は父のことを何も教えてくれなかったが…。)


長崎高資

「殺さなくて良かったのですか?」

長崎円喜

「ふん。所詮父親に認知もされんかったのだろう子を、今更殺したところで意味はなかろう…。」


今熊野

 (そうだよな…。例え父親が誰であろうと、認知もされずに寺に入れられるような子なぞ、その程度の存在だよな…。)



その後、東勝寺の方にも敵は迫り、皆最期の時を迎えようとしていた。


諏訪直性

「さて、最後の盃としますか」

そういって、直性は自分と高資の分の盃を注ぐ。

長崎高資

「えぇ。ありがとうございます。」

金沢貞顕

「諏訪殿、私にも。」

普恩寺高基

「私にもお願いします。」

そうして、最期の盃を飲むと、彼らは自害した。

それに続き、他の者も次々と自害をしていく。

北条得宗家代々の菩提寺は総勢800人の血


その壮絶な様を、北条高時、そして彼の精神的な父ともいえる長崎円喜、安達時顕は見ていた。


安達時顕

「今更で遅いでしょうが、本当によかったのですか、太守。逃げなくて。」

北条高時

「これでいい。どれだけ私が暗愚だとしても…最後位武家の象徴たる得宗家の当主として恥じないものにしたい…。武家の都たるこの場所で潔く最後を遂げたいんだ。」

そうして、高時は虚弱な力を振り絞って自害を遂げようとする。たまらず介錯をしようとした時顕を、円喜は止めた。

二人は息子同然であった高時の最期を見届けると、その傍で後を追って自害した。



燃え盛る東勝寺や、鎌倉の街を前に、東勝寺の見習い僧に過ぎない今熊野は、手を合わせるのであった———







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