第十九話 新田の挙兵
五月八日 ~上野国 新田荘にて~
新田義貞
「義助よ…。これでよいのだな。後戻りは出来ぬぞ。」
新田氏。足利と同じく河内源氏の血筋ではあるが、北条氏との関係を深め、頼朝にも重用され、北条からも一目置かれていた足利氏とは、当時には大きな力の差が開いていた。そんな新田氏の当主である新田義貞が見つめるのは、幕府から軍資金の徴収に来た使者の死体である。彼は使者を切り殺し、もう一人の使者は幽閉し、幕府への敵対の姿勢を露わにしたのだった。
脇屋義助
「これでよいのです。兄上(新田義貞)。幕府を、北条を倒す機会は今しかないのです。そのために、足利殿の弟君とも、事前に話をつけていたのでしょう。」
こうして、京の都が焼け野原になっているのと時同じくして、東国の――武家の都たる鎌倉を落とさんとする戦が、始まったのであった。
〜上野国 世良田荘にて〜
登子達は、鎌倉を脱出後、高氏の遠い親戚に当たる新田氏を頼り、上野の世良田荘に密かに移動して、身を寄せていた。
赤橋登子
「せ、千寿王を、挙兵した新田殿と共に鎌倉攻めに連れていく!?」
いくらなんでも無茶であろう。それまで平静を保っていた登子も、さすがに気が動転し、また思わず傍にいた千寿王を固く抱き寄せてしまった。
高氏からの使者
「動揺なさるお気持ちはわかります。しかしこれは、何も新田にただ援軍に送るという話ではありません。千寿王君をご当主様(足利高氏)の代理として戦に参加させ、必ずそれを総大将とせよ、という指示ございます。」
その言葉で登子は察した。あぁ、そういうことか。つまり千寿王を高氏の代理で総大将にすることで、新田に直接的な鎌倉攻めの功労をとらせまい、という意図もあるわけだ。あの計算高い義弟(足利高国)の計略だろうか。
赤橋登子
「…。わかりました。すぐ支度をさせますので、少し待っていてください。」
そう言って、登子は一先ず使者を下がらせた。
高氏からの使者
「御方様。若君のご準備は済みましたでしょうか。」
赤橋登子
「ええ。千寿王のこと、よろしく頼みます。」
高氏の使者
「もちろんでございます。ささ、若君どうぞこちらへ。」
しかし、千寿王は一向に母である登子の下を離れようとしない。それもそのはず。千寿王はまだ四つの幼子である。登子はそんな千寿王をもう一度優しく抱き寄せた。しかし、この時登子がそのような行動をした意図は、先程のものとは逆であった。
赤橋登子
「大丈夫ですよ。離れていても、この母はあなたのことをずっと見守っています。」
千寿王
「母上…。」
赤橋登子
「だから、だからね…。あなたの父上の代理として…鎌倉を、しかと攻め滅ぼしていらっしゃい。」
そう言うと、登子は使者に頼み、無理に千寿王を連れて行かせた。その姿は傍からみれば、鬼母のようであったであろう。登子もそのことは十分承知していた。でも、登子の心の中には、結婚の前に、守時と交わした言葉だった。
赤橋登子
(あの時、兄上は、私自身が正しいと思う道を選べと言った。それが北条家を裏切るものであっても、選んだからには貫き通せ、とも。ならば千寿王の母として、高氏殿の妻として生き延びると決めた私がすべきことはた一だつ…。)
登子は、そうして愛する息子を、愛する故郷を焼き滅ぼさんとする戦へと送り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます