第十八話 離反の代償
*子供への残酷描写が出てきます。
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五月三日の早朝
赤橋守時
「そうか…。登子は足利と運命を共にする道を選んだか…。」
守時が見つめているのは、登子が足利屋敷に残した文であった。その内容とは、此度の千寿王のことは、全て自分が手配したものであり、守時は関係がない、というものだった。
赤橋守時
「愚かな妹よ…。私にこのような情けをかけるなど…。」
そう言うと、守時は登子からの手紙を燃やした。
登子達が昨夜(五月二日)足利の屋敷を出たという情報は、鎌倉首脳部に動揺をもたらした。
足利が幕府に反旗を翻した可能性が高い――
幕府は京の状況を知らせるよう、郎党二人を送った。使者達が丁度伊豆についたとき、六波羅の仲時が鎌倉に差し向けた伝令と、鉢合わせをしてしまった。
長崎為基(郎党)
「では、足利が裏切ったというのは、本当だということだな。」
伝令
「はい間違いはございません!」
諏訪直性(郎党)
「そうか、わかった。お前はこのまま鎌倉へ向かい、急ぎ京の状況を伝え。私はこの地でやるべきことがあるため、後から向かう。」
高氏と前妻であった加古雛子の間に産まれた庶長子である竹若は、伊豆山神社にいた。彼は母方の叔父である覚遍と共に、父のいる京へと向かっていたのだが——
竹若丸
「叔父上!」
覚遍
「いけ、竹わっ…」
叔父(覚遍)の声が途切れ、人が斬られ馬から落ちる音がした。他の付き人の十三人も、既に殺されている。しかし竹若丸は走り続けるしかない。そう、京で戦っている、愛する父の下へ——
でも、追いかけて来る二人の男は、距離を縮めて来る。一人が放った矢が竹若丸に刺さり、思わず歩みを止めてしまった。
竹若丸
「ぃつっ…」
諏訪直性
「痛いであろう?これ以上無駄な足掻きをすれば更に苦しむだけだ。大人しくすれば、一太刀で楽にあの世に行かせてやる。」
竹若丸
(さて、どうするか。この状況から逃げてもすぐに無様に殺されるだけ…)
その時、ふと自分が短刀を持っているのを思い出した。父てある高氏からもらったもので、鞘に足利の自らが足利の子である証となる、二つ引きの家紋が入った短刀を。
竹若丸は敵の方へ向き直り、その短刀を取り出した。
長崎為基
「おいおい、そんな短刀で我等と戦おうと…え、な、ちょ、待て。」
ザシュ――
竹若丸は、敵二人の前で、自身の頸動脈を短刀で切って自害した。
〜鎌倉〜
金沢貞顕
「まさか…足利が裏切るとは…。」
長崎高資
「足利高氏の妻子は事前に脱出していた…あまりにも出来過ぎた話ではないか…もうしかして、北条の内の誰かで、足利との関係の深いどこぞの誰かが手引きをしていたのではないのかな?ねぇ?」
そうに違いない、と周りの皆に訴えかけた高資の目線は、わざとらしく高氏の義兄である赤橋守時に向けられた。
赤橋守時
「まぁ、確かに上手くしてやられましたなぁ。千寿王には直ちに捜索の手をかけさせましたが…。」
守時は、自分に向けられた嫌疑の目線に気づきながらも、何事もないように対応した。その態度が、さらに高資を腹立たせる。
諏訪頼重
「まぁまぁ、本当に北条の内の誰かに逃がした者がいるかどうかもわからないというのに、あらぬ疑いで本当の忠臣を手放してしまう事があれば、それこそ良くない。それに高氏の二人の子息の内、一人は逃がしてしまったかもしれませんが、もう一人の方は…」
緊迫した状況を破って話し始めた初老の男の名は諏訪頼重。北条氏に仕える諏訪氏の者であり、今は隠居しているが、諏訪大社の元大祝である。
北条高時
「もう一人…竹若の方か。」
諏訪頼重
「さよう。母方の叔父である覚遍と共に京へ向かおうとしていた所を、長崎勘解由左衛門(長崎為本)と、 我が兄である長崎勘解由左衛門(長崎直性)らが処分いたしました。覚遍と竹若丸の二人の内、一人は自害、もう一人は斬り殺した模様にございます。」
北条高時
「確か、年は十を少し過ぎたくらいだったな…。こちらの太郎(北条邦時)とほとんど変わらなぬ。…私がもっとしっかりしておれば、足利は裏切らず、この子も殺されることもなかったのだろうか。」
裏切って敵となった者の子に対してもそのような哀れみをみせるほど、良くも悪くも人の良い高時に、家臣たちは彼が北条得宗家の当主として生まれてしまったことを嘆くのであった。
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