第十六話 篠村八幡宮での挙兵

〜三河国にて〜

足利高氏の叔父である、上杉憲房は、足利の有力一門である、吉良家へ北条を離反する旨を伝えに向かった。


吉良貞義

「ほう。当主殿(足利高氏)が北条を離反して、宮方(後醍醐方)につくとな。」

上杉憲房

「は、既に宮方の綸旨を受け取るために、船上山へ使者を送ったところにございます。我々は京へ援軍として向かうのを装い、六波羅を攻め滅ぼし、それから、肝心の鎌倉の方は、新田と連携して攻め滅ぼす、という段取りでございます。」

吉良貞義

「なるほど…いやしかし、本当、ついにこの時がきたか。待ちわびたぞ。妻にもらった北条の女にほだされたのかと思うたわ。」



上杉憲房

「——とのことございます。」

吉良満義

「申し訳ございません。我が父がいくら北条を恨んでいるとは言え、宗家の当主殿に失礼な口を。」

満義は貞義の嫡男である。失礼な口、とは北条の女云々の下りのことだろう。吉良家は、およそ五〇年ほど前、足利家時が謎の自害を遂げたのとほぼ同じ時期、幕府内の内紛に巻き込まれ、北条家によって先代当主の吉良満氏が、自害をさせられたという過去がある。


足利高国

「そなたが気にすることはない。」

足利高氏

「そうだぞ。実際に私は登子のことも含め、北条との私的なしがらみでなかなか決心がつかなかったのは確かだからな。」

吉良満義

「それにしても…名越殿(名越高家)は何というか、随分と目立つ姿をしていましたねぇ。」

名越とは、北条の分家の一つであり、その当主である名越高家は、今回足利と共に六波羅に援軍として向かっていた。


足利高国

「まぁ、確かに派手なだったなぁ…援軍の総大将である彼には、くれぐれも我々の離反の考えが事前に察知されないようにせねば。」

もし事を察知されれば――まぁ、その時は鎌倉との戦を早めるだけだが。それでも勝つのことはすこぶる難しくなる。


しかしそんな高国の心配は杞憂に終わった。


名越高家

「怯むな、進め!」

反幕府軍

「あの派手で立派な甲冑をしている男が幕府軍の総大将だ。者共狙え!」


足利高氏が宮方(後醍醐方)に寝返る前に、幕府軍のもう一人の大将である名越高家は討ち死にをしてしまった。「太平記」では、その装備が派手で立派であったため目立ち、総攻撃をされたと書かれている。



~丹波国 篠村八幡宮にて~


足利高氏

「ここに見えるは何か。そう、帝からの御綸旨だ。腐敗した鎌倉を打ち払わんとし、新しき美しい世を作らんと戦っておられる帝からの。なれば、我々はどうするべきか。答えは一つ。腐りきった鎌倉の手先たる六波羅探題を滅ぼし、帝を助け申し上げる。そうであろう。共に天下を変えて見せようぞ!」

その瞬間、軍のなかに割れんばかりの歓声が沸き上がる。


そこにはもう、温和で争いごとを好まない、お人好しの次男坊、という個人としての足利高氏の姿はなかった。

あったのは、そこにいた人達全員に夢を見させてくれる、足利の当主の姿であった。



















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