第一四話 元弘の乱③

一三三二年(元弘二年/正慶二年) 春 


登子は博多にいる兄の英時からきた手紙を読んでいた。その内容は、もうすぐ鎌倉に帰れるということと、彼が養子として面倒をみてきた規矩高政、赤橋重時が先の戦で活躍した、というものだった。


足利高氏

「文が来たのか?誰からだ?」

赤橋登子

「殿。博多の兄上から手紙が届いたんです。もう少し状況が落ち着いたら、鎌倉に戻れるかもしれない、と。長らく会えていなかったので、楽しみです。」

足利高氏

「…そうか。私も実際に会って、話してみたいと思っていたから、楽しみだ。読んでもいいか?その文。」

赤橋登子

「ええ、どうぞ。」


高氏は、登子から文を受け取ると、しげしげとそれを見つめた。


足利高氏

「…やっぱ、さすがに奇麗だな。」

赤橋登子

「え、何がです?」

足利高氏

「いや、字が奇麗だなあ、と思って。」

赤橋登子

「そうですか?別に普通だと思いましたけど。…その、殿の字が特徴的?過ぎるだけでは?」

足利高氏

「うっ、そうだな。字は本当、小さい頃から安定しないんだよな。弟(足利高国)は、本当、恐らく科挙にも合格できるほどの文字なんだけれどな。」

赤橋登子

「また出た。殿の弟自慢。確かにあの方の字は奇麗ですけどね。まぁ、読めればいいんじゃないですか?私は好きですよ。殿の字。」

足利高氏

「そ、そうか。好き…か、私の文字。」

高氏はそういって照れた。そういうところも、隙あらば弟のことを語るところも含めて、登子は高氏のことが好きだった。



それ故に、一三三二年(元弘二年/正慶二年)が終わる暮れのころ、足利の表情への眼差しを知ってしまったときの衝撃は大きかった。


廊下にて――

登子は、高氏と高国の叔父である上杉憲房と、執事の高師重が部屋から出て来るのを見かけた。


赤橋登子

 (今、出てきたのは、執事殿と、上杉殿?二人して何を話しているのかしら。)


高師重

「いやー、やはり京の都の情報は、上杉に聞くのが一番ですな。北条に対する反乱が思ったよりも大きいことが良く分かった。やはり北条の世に対する反感は大きいのだな。(小声)」

上杉重房

「お気をつけを…誰かに聞かれてたら、まずうございます。なにしろ、殿の奥方(赤橋登子)は、紛れもない、北条のお方なのですから。(小声)」



赤橋登子

(二人して、西国の情勢について密談を…!?最近、執事殿(高師重)や義弟殿(足利高国)がよそよそしいのって、もしかして…。)



さて一方、事が落ち着けば、もうすぐ鎌倉に戻れるかもしれない、と博多から文を送った鎮西探題の赤橋英時。しかし、事はそううまくは治まることはなかった。畿内では相変わらず悪党の抵抗は続く。


そして――

一三三三年 新春 博多

赤橋英時

「なに、配流された先の帝(後醍醐天皇)が隠岐を脱出なさっただと!?」

赤橋重時

「はっ、伯耆の国の名和氏の者の手によって保護され、その後船上山にて、挙兵なさったとか。」

赤橋英時

「まずいな…」



三月となり――

赤橋英時

「此度の戦、ご苦労であった。大友殿。少弐殿。菊池氏の挙兵を鎮圧できたのは、そなたらのおかげだ。」

御醍醐の帝の挙兵に伴って、九州でも、九州の名族、菊池氏を中心に、反幕府(反北条)の動きが起こった。


少弐貞経

「もったいなきお言葉。かたじけない。」

少弐頼尚

「しかし、先の帝の挙兵によって、これまた探題殿が鎌倉に帰りにくくなりましたな。」

赤橋英時

「あぁ、そうだな。」

大友貞宗

「ですが、探題殿の養子(規矩高政)君も、ご活躍されたとか。安心して、後を託せることでございますなぁ。」

赤橋英時

「あぁ、あの子は私なんかよりも、よっぽど優秀だ。皆々も、私が去ったあとも支えてやってくれ。」

大友貞宗、少弐頼尚、少弐貞軽

「承知仕りました。」

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