第九話 六波羅探題
一三三〇年(元徳2年) 秋
足利高氏と高国の兄弟と、彼らの幼馴染であり北条氏の分家の子である、金沢貞冬と普恩寺仲時は集まって談笑していた。貞冬は、高氏と高国の異母兄である足利高義の、母方の従兄弟にあたる。
普恩寺仲時
「はぁ。京の六波羅へ左遷される日が近づいていく…。」
足利高氏
「京の都へ左遷って…。なにが不満なんだ?名誉な事ではないのか?私は母の出身が京だから多少知っているが京は良い所だぞ?」
金沢貞冬
「又太郎(足利高氏)は六波羅のその裏の苦労を全く知らないからそんなこと言えるんだよっ。兄上(金沢貞将)だってしょっちゅう仕事が大変だという手紙を送ってきてたし。最近は悪党共もうるさいしさぁ。」
六波羅探題は承久の乱以後、幕府が京においた機関である。もともとは朝廷の監視をする機関であったが、次第に治安維持や仲裁など、その役割が多くなり多忙になる一方、鎌倉本部との関係も保たなくてはいけないため、その職務内容はとてもきついものであった。
足利高国
(まぁ、気持ちもわからないでもないが、他の一族を粛清していった結果として権勢を手に入れたのだから、それに見合うだけの政務を責任持ってやるのは当然だろうに。嫌々ながらも皆真面目に仕事を務め上げているのだから文句は言えないが…。)
普恩寺仲時
「うるさい貴族達も相手にしなくちゃいけないの、嫌だなぁ。」
足利高氏
「お父君(普恩寺基時)も和歌を嗜むのだから、それを通じて交流すればいいんじゃないか?」
普恩寺仲時
「ふっ。和歌の才のある又太郎らしいな。」
足利高氏
「いやぁ。私の和歌なんてまだまだ…。松寿丸殿も連れて行くのかい?」
仲時の嫡男である松寿丸は、高氏の長男である竹若丸と同じ年であった。
普恩寺仲時
「もちろん。妻子も一緒に連れて行くよ。松寿丸なんて、新しい所に行くのがすごく楽しみみたいでさぁ、『早く京の都と、そこを守る格好いい父上がみたい。』て。」
足利高国
「子供ってたまに残酷ですね…」
金沢貞冬
「それは頑張らないとな〜父上っ。」
貞冬の茶化しに、みんなで笑いあった。
こうして、普恩寺仲時は、妻の涼子と子の松寿丸・梅と共に、最後の六波羅探題として京へと旅立っていった。
仲時が京へいったあとの普恩寺家で、同母弟である普恩寺高基は忙しい日々を送っていた。
竹寿丸
「爺様。父上、遊んでくれないの。」
そういって、引退した先代当主である祖父、普恩寺基時のもとに駆け寄る幼子、竹寿丸は、普恩寺高基の一人息子である。
普恩寺基時
「お〜。竹寿丸。お前の父は忙しいからな。じぃじと遊ぼう。」
普恩寺高基
「全く。忙しいのがわかっているなら、少し父上も手伝ってくださいよ。隠居した身とはいえ、まだ健康そのもので50にもなっていないじゃないですか。」
普恩寺基時
「嫌じゃ。現役のときに死ぬ程働いたのだから、静かにさせておくれ。代わりほれ、可愛い孫の世話をするから。それに京に居るお前の兄の忙しさは、お前の比ではないと思うぞ。」
実際、都では不穏な空気が漂っていた。
一三三〇年(元徳二年)――—
千寿王も産まれた、登子にとって最も幸せなその年は過ぎ去ったのである。
赤子を抱き、幸せそうに微笑む登子のそばには、動乱の足音が迫っていた。
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