第六話 秘密
一三二六年(嘉暦元年) 登子と結婚する少し前の話
~将軍御所にて〜
守邦親王
「崇鑑殿(北条高時)が、だいぶ回復したそうだ。」
足利高氏
「そうなのですか。それは喜ばしいこと。」
守邦親王
「執権殿は、せっかくだから田楽をみたいと頼んだそうでな…呼び寄せるそうだ。」
足利高氏
「…。太守殿(北条高時)は、得宗家の、北条氏の当主として生まれて…幸せだったのでしょうか。政に勤しもうと思うたとしても、稀に田楽を楽しむのがやっとなほどの身体で…。得宗であることからも病弱であることからも、自分自身では逃げられることはできないというのに…。」
守邦親王
「さあな。幸か不幸かは、その人自身にしかわかりはしない。本当に、皮肉な話だな。将軍という地位が名ばかりになったと思うたら、実権を持っている執権も、得宗家の当主も、名ばかりのものになった…。」
足利高氏
「…」
守邦親王
「私も観に行こうと思うから、そなたもついて参れ。」
高氏はその日、守邦親王に奉公する者として、田楽について行った。
それから二月程がたち———
足利高氏
「高国〜…。私はどうしたらよいのだろうか。」
足利高国
「どうするも何も…。子までできてしまったからには、義姉上(赤橋登子)にも打ち明けるべきでしょう。そして母子共に引き取るべきです。義姉上との結婚も間近で、あまり好ましくない行動であったとは思いますが、よくある話ではあるのですから。」
どうやら兄上は、登子と結婚する少し前、田楽を観に言った日、そこでお藤という女性と一夜を共にしてしまっていたそうだ。
足利高氏
「いや、このことは表沙汰にはしたくはない。登子や義兄殿に知られるわけにはいかぬ。それに、本当に私の子かもわからぬぞ?」
足利高国
「そんな無責任な…。そもそも義姉上や執権殿らのお怒りを恐れているのならば、なぜその日、その女性(お藤)と床を共にしたのです?」
足利高氏
「それは…。泥酔して目が冷めたら、気を利かせて寝かせてくれていた部屋には、私とお守りとしてお藤一人しかいなくてな…。酔いが覚めきっていないのと、彼女が雛子とどこか似ていたのもあって、つい…。登子とお藤殿には悪いことをしたと思っている。」
どうやら、酒に強くないにも関わらず、酒の席での酒盃を断れず、泥酔して意識を失ってしまったらしい。朝になり、酔いも完全に覚め、郎党である高師直が迎えに来たときには、もう手遅れだったそうだ。
足利高国
「はぁ。引き取るつもりがないなら、とりあえず生まれてから性別を見て、男子ならば出家させるしか道はないでしょう。」
その後、生まれた男子は、高国と、師直など、その他一部の人しか知ることなく、東勝寺へと預けられた。
東勝寺は、第三代執権である北条泰時が開基となった、北条氏に縁深き寺院であった。
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