第四話 結婚
とうとう晴れて嫁ぐ日となった。祝言を終えて、二人は部屋で二人きりとなる。
赤橋登子
「改めまして、登子と申しまする。以後、よろしゅうお願いいたします。」
高氏
「こちらこそ、よろしく頼む、登子殿。五年程前会ったこと…覚えておられるだろうか?」
赤橋登子
「えぇ。覚えております。雨の日に、浄光明寺で、のことでございますよね?」
高氏
「あぁ。私はあのとき、そなたにあのような言葉をかけたが、なんというか…恥ずかしいな、そなたの夫が、他でもない、私自身となったのを鑑みると。」
薄暗いなか、高氏の顔は少しはにかんでいるのがわかった。
赤橋登子
「いえ…そんな。少なくとも私は、これは御仏が結んでくれた良き御縁であると思うておりまする。」
足利高氏
「そ、そうか…ならいいのだが。そういえば、そなたは読み物が好きだと兄君から聞いた。どのようなものが好きなのだ?」
赤橋登子
「そうですね…「源氏物語」、「とりかへばや物語」や「蜻蛉日記」は、姉に貸してもらったのを何度も読み返しました。和歌であれば拾遺和歌集が好きです。」
足利高氏
「さようか!我が母も、拾遺和歌集が勅撰和歌集で一番好きだそうだ。」
赤橋登子
「そうなのですね!殿のお母君は上杉のご出身。京の文化や書物の話を、色々教えて頂きとうございます。」
足利高氏
「ああ。きっと母も喜ぶだろう。して、拾遺和歌集で一番好きな和歌はあるのか?」
赤橋登子
「ええ。私が一番好きな和歌は・・・」
高氏と登子は、書物や和歌の話をして盛り上がり、それまでの緊張は少し和らいでいった。
祝言が終わってしばらくの日々は、登子は祝いの使者の応対に追われていた。そんな日々で、義母の清子との話に花を咲かせる時間は、疲れを癒やしてくれた。
赤橋登子
「そういえば…竹若殿を出家させるという話は誠なのですか?」
登子は知らなかったのだが、高氏には4歳になる息子がいたようだ。考えてみれば、高氏も21歳なのだから、すでに子の一人二人いてもおかしくはない。竹若の母君は、出産後程なくして亡くなってしまったそうだ。子供がいると知ったときは、きっと吉良家や石橋家などのように庶家をたてさせるのかと思っていた。
上杉清子
「えぇ。竹若殿の母方の叔父君である、覚遍殿が別当を務める伊豆走湯山に預けるそうよ。」
赤橋登子
「さようですか…」
上杉清子
「あなたが気負う必要はないわ…。こちらも了承して婚姻の話をすすめたのですし。それに、伊豆走湯山といえば、頼朝公とも関わりも深く由緒正しき場所よ。そもそも、竹若丸の出家もあなたが男子を産めなければ、意味はないのよ?」
赤橋登子
「確かに、そうですね。まずは自分の心配をしなくては…。」
清子の、まず男子を産まなくては、という言葉に登子は何もいえなくなってしまった。
「失礼します。」
聞こえてきたのは、この家に嫁いでからよく聞き慣れるようになったの声であった。
足利高氏の同母弟、足利高国の声である。
足利高国
「義姉上。もうすぐ渋川家から、祝言の祝いの使者が参るとのことです。」
赤橋登子
「えぇ。わかりました。今、参ります。」
垂れ目で柔和な顔つきの、のんびりした性格の吊り目で高氏とは逆に、精悍な顔つきの、生真面目な性格であった。おそらく、高氏は母親似であり、高国は父親似なのだろう。どちらも顔はかなり整っているが、あまり似ていないように見える兄弟。しかし登子は高氏の弟自慢の話をよく聞かされていた。きっと本当に仲の良い兄弟なのだろう。足利家の仲の良さを登子は微笑ましいと思うと同時に、自分も早く馴染まなくては、と思う登子であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます