第三話 婚約③
「わすらるる時しなければ春の田を返す返すぞ人はこいしき」
「色もなき心を人にそめしよりうつろはむとは思えはなくに」
これらは”拾遺和歌集”にある恋の和歌だ。これらの和歌を口ずさむたびに、五年程前に自分の祖先の菩提寺で出会った、足利家の若君のことを思い出す。
登子は、物語で読んだよう恋に憧れていた。自分にもいつか、紀貫之の和歌にあるような恋しく思う殿方が現れることを夢見ていた。無論、そのような人が現れて、そして結ばれることなど、無理だとわかっていた。だからこそ、姉が正親町殿と結ばれたときや、例え本気の言葉ではなかったとしても足利家の彼に、御仏はいつか一生を添い遂げたいと思える人との縁を結んでくれる、と言われたときは、自分の憧れを肯定してくれたような気がして、嬉しかった。
そんな足利の彼との、婚姻が決まった。その時に初めて、私にとって将来を添い遂げたい殿方は彼なのであると気づき、御仏は縁を結んでくださったのだと思った。
婚姻の話を嬉しいと思うのと同時に、他家に嫁ぐということに、若干の不安を感じていた。
赤橋登子
(北条と足利の関係が、私にかかっている…。)
登子の小さな不安をよそに、季節は春から秋へと進み、嫁ぐ日が間近となった。登子は守時に呼ばれた。
赤橋守時
「もうすぐそなたが足利に嫁ぐ日だ。そなたの役割はわかっているな。」
赤橋登子
「はい。北条家と足利家と繋いでみせます。」
赤橋守時
「しかし、足利家と北条家が強く結び付いているとはいえ、何があるかはわからない。いまはそのような兆候はないが、10年後、20年後、足利家が北条と対立することもあるかもしれない。」
赤橋登子
「…。」
赤橋守時
「もし、そのようなことになったときは、そなたが正しいと思う道を選べ。」
登子
「私が正しいと思う道、ですか…。」
赤橋守時
「あぁ。それが結果的に北条家を裏切る結果となったとしても、私はそなたを恨みはしない。だが、自分で道を選んだからには、辛いことがあっても、心を強くもって、誇り高くその選択を貫いてほしい。」
その時は、兄が言ったこれらの言葉の重さをまだ理解していなかった。
そう、まだこのときは…。
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