第一話 婚約

一三二六年(嘉暦元年) 四月

足利本家当主(足利貞氏)の次男である足利高氏は、上杉憲房と、談笑していた。憲房は、高氏の母である上杉清子(足利貞氏の側室)の弟、つまり高氏にとって、叔父にあたる。


足利高氏

「赤橋の末の姫君(赤橋登子)を正室に、ですか?」

高氏は、5年ほど前に浄光明寺で偶然出会った、可憐な姫君のこと思い浮かべた。


上杉憲房

「あぁ。この話は赤橋家やそなたの父君(足利貞氏)はもちろん、得宗家(北条氏本家)にとっても願ってもないことだ。」

足利高氏

「得宗家が?」

上杉憲房

「亡きそなたの兄君(足利高義)のご遺児はまだ幼い。代わりに再び当主を務められた讃岐守(貞氏)もお年だ。そなたが中継ぎとして当主となることも考えたのだろう。私や上杉家としても、実の甥であるそなたが当主となれば、それ以上うれしいことはない。」

足利高氏

「なんと打算的な…。」


そのとき、足利貞氏が、高氏と憲房がいる部屋に入ってきて言った。


足利貞氏

「婚姻とはそういうものだ。そなたは正室であった加古殿(雛子)を3年前に亡くしておる。加古殿を大切に思う気持ちも分かるが、新たに正室を迎えてもよい頃合であろう。」

足利高氏

「父上!確かにそうですが…。しかしその婚姻をお受け致すとして、竹若丸(雛子との間に生まれた、高氏の長男)はどうするのです?」

高氏は、婚姻については、悪い話ではないと思っていた。というより、嫌だからといって、簡単に拒否をすることができるような話ではなかった。しかし、亡き雛子の遺児である竹若のことが心配であった。


足利貞氏

「それに関しても、執権殿(赤橋守時)と話した。やはり赤橋の姫君との間に男子が生まれたら、竹若は出家することになるだろう。」

足利高氏

「なぜ、寺に入れる必要が?吉良家などの例もございましょう。」

足利貞氏

「あのときとは状況が違う。それに庶長子を出家させるのは別におかしな話ではない。金沢の義弟殿(金沢貞顕)も、庶長子を寺に入れている。むしろ竹若を守るためじゃ。いっておくが、そなたがどうこうできる話じゃないぞ。」


父にそう言われて、高氏は渋々それを受け入れると同時に、北条家や父などに対する、己の無力さを感じた。


そして…縁談が決まったことが関係したのか、していないのかは知らないが、その年の六月頃に、高氏の同母弟である、足利高国は従五位下に叙せられた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る