第20話 「料理人は頑固者が多い」は昔の話

 私は宿に戻りホムンクルスの三人にこれからのことを話した。孤児院に戻したうえで、安全確保のための護衛と、帝国やそれに準ずる組織から身を隠すための策を講じる、と。


「どうしてそこまで、私たちのために……」


 これに関しては自分でもよく分からない。

 彼女たちを自由にできるほどの財力も無ければ、祖国を捨てて遠方に逃げる度胸もない。そんな何もない私でも、意地ってものだけはにある。


「気にしないで良いよ」

「でも……」


 申し訳なさそうに俯く三人を見て「やはりこの子たちは人造人間ホムンクルスなんかじゃなくて、人間なんだ」と確信した。人によって作られたことは間違いじゃないだろうけど、彼女たちには


「助けるのは偶然というか、成り行きだからね。恩を売っているわけでもないし、それを返して欲しいわけでもない」

「本当にありがとうございます」


 しかし、問題は翌朝、彼女たちを孤児院に連れて行っている途中で起きた。


 孤児院は私たちが泊っている中心部の宿から東に少し行ったところにある。徒歩で行くには遠く、空の色も怪しかったので、私は馬車を手配した。といっても、私は馬車を運転することはできないから、護衛を引き受けてくれたミアが手綱を引いてくれることになった。


「にゃ、にゃんだアレは!」


 ミアが指を差した先には、空を覆う漆黒の翼と、地を切り裂くほど鋭い鉤爪かぎづめをもったドラゴンがいた。それは空中で制止しながらこちらを睨みつけると、顔を天に向け咆哮をした。


「これは流石にヤバいニャ……」

「ミア、私を置いて先に行って」


 尻込みするミアに対して、私はものすごく冷静だった。


「それはいくら何でも無茶だニャ!」

「無茶じゃないよ。私を信じて」


 これは強がっているわけでも、勝てる自信があるからでもない。気付いたのだ。


 ――あのドラゴンは私だけを睨みつけている。

 

「ああ、もう! どうなっても知らないニャ!」


 私が降りると同時に、ミアは全速力で馬車を走らせた。

 

 やっぱりだ。

 奴は走り去る馬車にはチラリとも目を向けない。狙いは私ひとりだ。


 戦うにしても逃げるにしても、私にはコレしかない。なら初めから全力で叩くしかない!


「一口一勝! 消えろ爆しょ――」

「え、マジ?」


 は?

 今、喋った。

 喋ったよね、このドラゴン。


「しゅ、しゅみましぇんでしたあああん!」

「ええ……」


 ドン引きである。 

 なんと先ほどまで権勢を誇っていたドラゴンが、空中で翼をたたむようにして土下座をして見せたのだ。その光景は、まるで雑技団サーカスを見ているような気分だった。


「と、とりあえず降りてきてくれるかな? できれば小さくなってほしいけど」

「はい、喜んで!」


 なんか、すごく軽いな……。

 ドラゴンはフラフラと降下しながら小さくなり、人間の大人くらいの大きさになった。私は地上に降り立ったドラゴンを再度土下座させ「なぜ襲ってきたのか」について話を聞いた。


「最近、レッドドラゴンどもが何者かに操られておるようで、その原因を探るべく旅をしていたら一人のテイマーに出会いましてな」


 テイマーとは一種のスキルの総称であり、動物や、魔物モンスター、魔族を思うがままに操ることのできる者たちのこと。しかし、何でもかんでもテイムできるというわけではなく、その者の魔力量や純粋な強さをテイムされる側、つまりモンスターが認めた者としか契約はできない。その点、ドラゴンはそもそもの戦闘力が高いうえに、自我が強く、傲慢な性格なのでテイムできる者は少数なのだとか。


「その者が言うには、この王国内にレッドドラゴンを私利私欲のために無理やりテイムする人族のがいると」

「それで、そのテイマーの女が私だと?」


「い、いや、遠目からみてもその強さが滲み出ておりましたし、変わったスキルを持っていたので、つい……」

「なにが、だこの大馬鹿トカゲがああ!」

「しゅ、しゅみましぇええん!」


 ともあれ戦闘はせずに済んだのだから、良かった、ということにしておこう。 

 

「私の推測なんだけど、さ?」

「はい。なんでしょう?」


「君、その出会ったテイマーってのが真犯人じゃね?」

「……?」


 純粋なのか、馬鹿なのか。

 真犯人でなくとも、そのテイマーが私を貶めようとしたことは確かだ。


「君さ」

「黒龍の『ウェールズ』と申します」

「ああ……じゃあウェールズに頼みたいことがあるんだけど」

「何なりと!」


 ということで、黒龍ウェールズに旅の途中で出会ったというテイマーを確保し、私の所まで連れてくるように命じた。なぜすんなりと従ったのかは分からないが、ドラゴンっていうのも案外暇なのだろう。


「グレンジャー殿!」


 ウェールズが飛び立った後、ミアがアリアと一緒に戻って来た。辺りを見回すようにした二人に今回の珍事を説明した。


「は、はあ……」

「にゃ、にゃるほど……」


 納得してもらったところで、共に孤児院へ行くことにした。私がウェールズを説教している間に、ミアが孤児院までしっかり護衛してくれたらしい。

 しばらくは、といっても国内にはいるつもりだし会おうと思えばいつでも会えるけど、最近はずっと一緒に行動してきたのだ。別れの挨拶はしておかなければならない。


「また会えますよね?」


「居なくならないで!」


「……お世話になりました」


 変に見送りに来たものだから、かえって不安になってしまったようで、グスグスと泣き出してしまった。

 そんな彼女たちの頭を優しく撫でてやる。こんな私にも母性があったのだなと自分の成長すら感じる。


「またすぐに会おう!」


 すると、どこからかウェールズの声で「古代語で言えばのようですな! ガハハハッ」と聞こえた。


 どうやら、私はあの大馬鹿トカゲと契約してしまったらしい。








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この作品が面白いと感じたら、ブックマークと★★★評価していただけると励みになります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界のグルメな冒険者は『爆食スキル』でこの非情な世界を生き抜きます 小林一咲 @kobayashiisak1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ