第19話 カレーはどんな時でも美味い

 帰国してすぐのこと。一通の手紙が宿へ届けられた。送り先は未記載だったが、閉じられたシーリングスタンプから情報屋からのものだと察した。内容は「帝国側は血眼でグレンジャーを捜索中である。しかし、王国へは報告は確認できていないためしばらく猶予がある」とのことだった。


 帝国から出る時、八咫烏にほぼ全財産を渡しておいたのは間違いではなかった。彼らの情報源が無くてはいつ暗殺されてもおかしくはないからだ。


「私たちのせいで、ごめんなさい」


 涙ながらに頭を下げる彼女たちを見たら、尚更このままではいけないと感じる。まずは冒険者仲間に相談だ。

 私は三人を宿に残し、ギルドへと向かった。受け付けはいつもと変わらず冒険者たちで賑わっていたが、私を見ても騒動が起きるわけではなかったので、まだ王国へ指名手配はされていないことを確認できた。


「グレンジャーじゃねえか」


 最初に声をかけてきたのは、冒険者パーティ『鋼鉄の守護者』のリーダー、ガブリエレ・ロレンツォだった。


「どこ行ってたんだ。復興作業が終ってないっていうのに」

「すみません」


 ドラゴン襲来の日からみれば街はかなり復旧している。冒険者や王国民の努力が目に見えるようでなんだか鼻が高い。


「それで、わけアリって顔だが何があった?」


 なんで分かるんだよ。そんな不審な動きはしていないつもりだったけど。

 なんにせよ、隠し事ができるような人ではない。私たちは場所を移し、帝国へ連れ去られた日から今日までのことを全て話した。八咫烏のことは『協力者』とだけ伝えた。

 それを聞いた彼は少し怪訝そうに腕を組むと、思い悩むように首を落とした。それもそのはず、隣国との戦争の火種が自分の目の前にいて、そんな話を聞かされたらたまったもんじゃない。私なら聞かなかったことにして、文字通り相手から距離をとるだろう。


「国王や王宮はこのことをまだ知らないのだな?」

「時間の問題ですけどね。勇者召喚のことあるので、しばらくは大丈夫だと思うのですけど……」


 彼は「分かった」と言い立ち上がると、私や狙われている三人に協力してくれると約束してくれた。


「これからのことなんだが」


 お先真っ暗なこの状況では「どうするんだ」と聞かれても何も考えられないが、いずれは国王陛下へ謁見して洗いざらい話そうかと思っている。なんて絶対反対されることを言えるはずもなく。


「とりあえず、三人は孤児院に戻そうかと思っている」

「危険はないのか?」

「私が密かに見守る他に方法はないでしょうね」


 本来なら『依頼』として私からギルドにお願いしたいところだが、そんな金も無く、一人でなんとかするしかない。厳しい状況ではあるが、が来るまでは致し方のないことだ。


「よし、うちのパーティも手伝おう。あいつらは俺が言ったことなら口外しねえしやってくれる」

「でも帝国のお尋ね者に手を貸すなんて……」


 彼は「バカ野郎!」と言って私の背中を叩いた。それも強めに。


「冒険者はチームワークが大切だ。それに、俺を信頼してくれたのも嬉しかったしな」


「ともあれ、一人でしょい込むのだけはおすすめできねえからな」


 この人は聖人様か、女神か。いや、男だから男神?

 しかし、いくら王国最強パーティの後ろ盾を得たとしても、王宮の中には帝国の回し者がいることが分かっている以上、ただジッとしているわけにもいかない。


「あ、そういえば」


 部屋を出ようとしたロレンツォが振り返った。


「今朝早く、ギルドにお前さんを探してる人が来てな」

「え、誰?」

「王国の騎士さんだよ。獣人のな」


 絶対あの二人だ。めっちゃ怒られそう……。


「グレンジャー殿」

「置いてけぼりなんて酷いニャ!」


 やっぱり怒られた。

 もちろんお相手は優秀なナタリー姉妹。アリアとミアだ。

 私は三〇分ほど平謝りを続け、どうにか許してもらったが、ここからが本題だ。「帝国でのことですが」アリアが冷たく突き刺さるような視線を向けてくる。

 ちょっと仲良くなったとはいえ、彼女たちの本分は騎士。ここで私を捕まえて帝国へ連れて行けば出世の道は綺麗に整備されることとなる。


「あの、それは……」

「よくご無事でした」

「まったく、一人で突っ走るのは良くないニャ」


「え、良いの?」

「何がですか?」

「その、捕まえなくて」


「何を言っているのニャ。アタシたちは味方なのニャ」

「そうですとも。今回の帝国と王国のやり方には、騎士ひととして賛成できかねます」


 彼女たちの優しさに思わず全身の力が抜ける。この姉妹こそ騎士の誉と称えられるべき人なのだろう。


「後のことはまた考えるとして、今は一旦休みましょう」

「一緒にご飯に行くのニャ!」

「いいね!」


 とは言ったものの、財布の中身が無いことに気づき、最高潮まで昇った気分が落ちた。それを察したかのようにアリアが笑った。


「もちろんミアの奢りで、ですよ」

「にゃ、にゃんですとおお?!」


 最近ろくに食べていなかったせいか大盛りのカレーが体に沁みる……といっても食べてないのは一日くらいだけど。

 食事をしながらアリアが「ホムンクルスの少女たちの警備は我々も行う」と言い出した。私は悩んだが、二人の熱い視線に絆されたのか、カレーに集中したかったのか自分でも怪しいが、快く承諾した。


「それじゃあまた」

「またニャ」


 夕日の差し込む王都に目を妬かれながら、私は姉妹を見送った。








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