第18話 危機一髪の味 ※あとがきに解説あり

 湿気とカビの匂いが鼻を刺す地下牢に、細い糸が張り詰めるように冷ややかな空気が立ち込める。


「……知ってはいた。だが、これは帝国と王国の間で結ばれた契約なんだ。貴族ですらない私がどうこう言える問題ではない」

「へぇ。騎士様はその悪魔的な契約に加担するのか」


 彼女はキッと私を睨んですぐに目線を落とした。多少の罪悪感はあるのだろう。人間が作り出した人形とはいえ、彼女たちは自我を持ってしまった。それはもう魂があるという証拠。悪魔崇拝者でもないかぎり人間を生贄にして何かを成すのは倫理に反する。


 静かな地下牢に慌ただしい足音が響き渡り、憲兵の一人が拷問官の死を元帥に伝えた。


「……やってくれたなグレンジャー?」

「おや、何のことかな」


 大きなため息を吐いて憲兵を外へ払い、再度私を睨みつけた。


「それで、彼女たちはこれからどうなる?」

「ホムンクルスは兵器としてその魂を捧げることで勇者を生み出す糧になる」


 勇者。

 勇者だと?


「それじゃあ、帝国は三体の勇者を現界させるつもりなのか」

「違う」


 彼女は私の目の前に腰を落とすと、静かな声で言った。「勇者の現界は一人だけ。王国は騙されているだけだ」と。


「そんなことをしたら戦争になるぞ!」

「例えそうなったとしても、帝国には勇者がいる。勇者はこの世の誰よりも力を持つ、史上最強の人間兵器」


 今から数百年前、この世界に戦争が絶えなかった時代の話。ある国の者たちが長い戦いを終わらせるべく、勇者を召喚した。その際、最強と名高い三人の戦士の魂を生贄に捧げることで召喚に成功。戦争が終わり、世界に平和が訪れた、と。


「そんなの伝説上の話じゃ……」

「長らくはそうだった。しかし、魔法の発達や研究によってそれが事実だったと証明されたのだ」


 若い元帥は拳を握り締める。私もまた、そのような愚行を認めたこの世界を、人々を、神を憎んだ。

 

「手を組もうイゾルド」

「いいや無理だ。私は帝国の軍を統括する者として、反逆者に力を貸すことはできない」


 ああ、そうか。

 彼女も人としてではなく、軍事として帝国の民として生きていくことを選んだのか。


 間も無く憲兵が現れ、元帥と共に地下牢から去って行った。「私は何か間違っているのだろうか」独り言が雑音のように脳内にこだました。


◇◇◇◇◇


「……ふむ。その反逆者の女は何者だ?」

「王国の冒険者であります」


 玉座に座ったまま、皇帝フィリップ・フォン・デルソニーは唸った。王国のスパイなら情報が漏れている可能性もあると考えたのだ。そうなれば王国との契約は解消され、即刻戦争となるだろう。


「勇者召喚を早めるのだ」

「は。反逆者の女はどのように――」


「今ここで処刑せよ」


◇◇◇◇◇


 ぞろぞろと現れた近衛兵と憲兵。それらを率いて現れたのは帝国の脳、宰相ムーサ・ケントベッカーであった。彼が直々にこの地下牢に来たということは、処刑の時間だということだろう。

 何も抵抗することなく牢から出され、首輪と手枷をはめられた。多少魔力が篭っているが私には関係ない。やろうと思えば逃げ出せる程度のもの。


 やがて玉座の間に連れられた。目の前には皇帝が、周りには貴族や国の重鎮と、それを守るようにして槍を持った近衛兵。


「帝国及び皇帝陛下への反逆罪として――」


 宰相ムーサ・ケントベッカーが罪状を読み上げ始め、貴族連中がこちらを睨みつける。どうしてそんな顔ができるのか私には理解できない。したいとも思わないけど。


「……よってローズマリー・グレンジャーを処刑とする」


 しんと静まった煌びやかな玉座の間。「何か言い残すことはないか」と聞かれたので無言で首を横に振る。そして大きな布が敷かれ、背後に大きな鎌を持った男が現れた。

 予定では八咫烏が私を殺すことになっているが、これはどう見ても奴ではない。手こずっているのか、それとも――。


「お待ちください陛下」


 扉が開かれ男が一人、ゆっくりと私の元へ歩いてくる。その背後には探していた少女たちの姿を見つけた。「こいつか」私は瞬時にそう判断した。


「奴隷の娘らを狙う不届者がおりましてな。逃げられはしましたが、この反逆者には仲間がいるようで」

「ふむ。ではすぐにその者を探し出せ!」


 八咫烏くん、君は失敗したのか。

 なんだかどっと疲れが押し寄せた。この場で好き放題暴れて死ぬのもアリだな、とスキルを展開しようとした時だった。


「シーザーはいるか?」


 貴族の男が突然、辺りを見回しながら問うと、憲兵の一人が「はっ」と手を挙げる。貴族は人差し指でこっちへ来いと合図を出し、その憲兵呼び寄せた。


「いやぁ、彼は今日が誕生日なのですよ陛下」 


 その場にいた者たちの頭上に、《はてな》マークが現れた。もちろん私にも。宰相ムーサ・ケントベッカーが呆れたように「貴殿は何を言っているのだ」と言うと貴族は一枚の紙を憲兵の男に手渡した。


「これはの旅券だ。好きに使うと良い」


 ナオワフ?

 聞いたことの無い地名だ。彼は一体何がしたいのだろうか。まるで錯乱魔法にかけられたような感覚だ。


「さて、女。ナオワフは好きか?」

「なにを――」


 聞き返す間もなく、私の首は落とされた。

 そうだ、周囲からはそう見えたことだろう。


 本当に錯乱魔法を使いやがったなコイツ。それも転移陣との併せ技。


「貴女はあの時の冒険者の方ですか?」

「あ、やっほー」

「よかった、無事だったのですね!」


 恐らくここは帝国内どこかの宿。タネも仕掛けも満載の方法で私含め、少女たちは危機を脱した。

 とりあえず、彼女たちからどうやって逃げ仰たのかを聞いてみることにした。


「カラス様が助けてくださって――」


 カラス様ねぇ……。

 なんとも可愛らしいネーミングだ。


 簡単に説明するとこうだ。まず貴族の部屋に軟禁されていた三人を見つけ、そこにいた貴族の男を締め上げ、彼女たちを安全なこの宿へと連れてきた。


 そこから再度城内に戻り、締め上げた貴族に変装して玉座の間にいた全員に錯乱魔法をかけ、予め張ってあった転移魔法陣を発動させ、私と締め上げた貴族本人を入れ替えてから首を斬った――と。


「厳密には幻影魔法だ」

「あ、カラスさん! よくぞご無事で」


「お前、いやお前たちには感謝しているよ」

「気づいていたか」


「こんなの一人でできるわけないだろう。で、助けてくれた奴はどうなった?」 

「正体がバレて近衛兵に殺されました」


「そうか……」


 それから自由の身になった私と少女三人は、転移陣で王国へと帰還したのだった。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

今回は複雑過ぎたので、暗号に関して少し解説を。


作中に出てきた「シーザー」と言う名は『シーザー暗号』を指します。


シーザー暗号とは、アルファベットの文字を一定の数だけずらすことで暗号化できるもので、今回は「シーザーさん」という発言から『シーザー、3』と読めるわけです。


文字を3つずらす場合、AはDに、BはEに、CはFに置き換えることができ、「カラス」をシーザー暗号で暗号化、3つずらすと「ナオワフ」になります。


分かりにくくてすみません。やりたかったんです。

だってなんか、カッコいいじゃん。


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