第17話 高級料理より家庭の味
「反逆者はまだ捕まってはおらぬのか!」
城壁への破壊行為、結界による侵入者の検知。大胆な反逆行為にも関わらず、数十分が経過した現在でさえ逮捕できていない。この現状に帝国の上層部は怒り心頭であった。
今回の騒動で宮殿に集められたのは、王家の貴族、実質的な祭りごとを取り仕切る宰相など。皇帝以外の重役が揃い踏みとなる。その中でも一番の被害者は騎士団や軍を統制している者だろう。
「どうなのかね、ブルゴーニュ元帥」
「現在騎士団と憲兵が総力をあげて捜索を」
「そんなことを聞いているのではないわ!」
「どう責任をとるのかと聞いておるのだ」
この場で彼女を憐れむ者などいない。貴族は生まれた瞬間からその地位が約束された存在だ。そんな者たちは自身に責任の火の粉が当たらないよう、このブルゴーニュ元帥に全ての責任を押し付けようという腹積もりだ。
「いかなる処分も」
「獣人風情が生意気に」
「もう良い。下がれ」
封建制度の帝国では、貴族こそが正義であり、唯一逆らえないのは皇帝ぐらいなのだ。実際、帝国内での貴族の振る舞いは目に余るものがある。しかし、皇帝はそれを咎めようとせず、民の不満は募るばかり。
「ところで、ウッドランド卿が見えんが」
「さあな。部屋で玩具の世話でもしているのではないか?」
「その辺りにしておきなさい。あの御人に聞かれたら命は無いわよ」
◇◇◇◇◇
「殺せという意図は?」
「この件を私単独の犯行だと思わせられれば良い。まあ、いけ好かない貴族を何人か道連れにするがな」
八咫烏は少し考えるように下を向いてから静かに「御意」とだけ言った。それなりに重要な役割だ。失敗すればこの件に関わった人間はすべて処分されるだろうから、気が重いのも分かる。
「あ、あと娘たちはどこか遠くでひっそりと暮らせるようにしてあげてくれ」
「給料以上だ」
「私が死んだら、死ぬほど奪えるだろう?」
◇◇◇◇◇
その頃、集合先にしていされた酒場では、作戦を失敗した冒険者二人が雇い主を待っていた。
「グレンジャーさん遅いね」
「心配まではいかないが、何かあったのかのかもな」
静かな酒場に隙間風が吹き込む。心地の悪いジメっとした風だ。それに異変を感じたエルリックが剣を構える。
「誰だ!」
「我は八咫烏。グレンジャー殿からの言伝を届けに来た」
そう言って、全身黒ずくめの男は小さな紙きれをエルリックに手渡すと、また不快な風を伴なって消えた。その紙には『依頼は終了』とだけ書かれ、丁寧に契約終了のサインまで書かれていた。
「それ、本物なの?」
「これはただの紙切れじゃない。契約の魔法がかけられている」
冒険者の二人はこのぶっきらぼうな終わり方にどう思ったのだろうか。私には知る由もない。
◇◇◇◇◇
場所はもどってデルソニー城、宮殿内。貴族の輪中でちょっとした珍事が起きていた。
その原因は。
「私が反逆者だ。皇帝閣下にお目通り願おう」
そうして憲兵に自首をしきた一人の女。しかも、あろうことか警備の厳重な憲兵団長の書斎に堂々と現れたのだ。
その知らせを受けた貴族たちはまさに大混乱。反逆者が自首しただけでなく、皇帝への謁見を申し立てるなど前代未聞の大馬鹿者だと。すぐに身柄を拘束し、魔力を封じ込めると地下牢へと投獄させた。
参謀はすぐさま皇帝へと報告、同じく反逆者が捕まったと知らされたブルゴーニュ元帥は、憲兵数人を率いて地下牢へと向かっていた。
さてどうするかな。ヤるなら一発で主犯をぶん殴りたいけど、顔もどこにいるかも分からないしなあ。
上の階での出来事はつゆ知らず、私はこれからの計画を模索していた。
コツンコツンと何者かの足音が地下へと降りてくる。処刑には早過ぎるし、おおかた憲兵が見物にでも来たのだろう。
「まさか、アナタだったとはね」
聞き覚えのある声に見上げると、暗室でもよく映えるヒョウ柄の耳があった。
「あ、フードファイトの時の」
「覚えていてくれて光栄、と言いたいところだけれど、私にも立場ってものがあるから勘弁して」
あのドラゴン襲来の時もそうだったが、冷静さを極めるとこうも人間味が薄れるものかと疑問に感じる。それにしてもこの若さで元帥とは。あの時は制服を着ていなかったから分からなかったが、結構すごい人なのだな。
「仲間がいるでしょ。残党はどこにいるの?」
「元帥殿、私は強い。仲間なんて存在しないものの居場所をどうやって教えろと?」
決して煽っているつもりはなかったが、彼女はかなり頭に血が上っている様子だった。鉄格子を目一杯握りしめながら私を睨みつけた。
「ドラゴンを見ただけで逃げ出した人間が強いだなんて笑える。正直に話さないと痛い目に合うことになる」
脅しか。でもこの国のことは情報屋から聞いてある程度把握している。
「騎士様が拷問をするなど、この国では認めていないはず」
「それは私ができないというだけ。『拷問官』という非公式な役職があるのは知らないようね」
そんなことは、もちろん知っている。でもなければ余計な殺生をしなくても済んだのだから。
「どうぞご自由に」
「っく。今すぐに拷問官を呼びつけろ!」
命令を受けた憲兵たちが走り去るのを見て、私は獣人の彼女を見る。容姿や振舞いから察するに相当な実力者であることは間違いない。でもしかし、清廉潔白であるからこそ彼女の目には映らないものがある。
「ホムンクルスの少女たちは元気?」
「何のことだ」
まったく嘘が下手だ。
「貴族様のお世話になっているようで安心だね。いや、世話をしているのはあの子たちか」
「やめろ!」
人は感情的になれば自動的に理性が失われる。実質的な上司を馬鹿にされれば怒るのも無理はない、はずなのだが、彼女は少し違う。貴族を貶されてではなく、何か自分自身の耳を塞ぐような言い方だ。
「私は彼女たちと知り合いなんだ」
「……っ!」
「少し話をしようか」
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