第16話 飯がうまいと感じるのは人間だけじゃない

 私の両手から放たれた『カロリーの矢』は音も無く城壁に巨大な穴を開けた。崩れゆく我が城の城壁に、兵士たちは成す術もなくただ見上げることしかできなかった。


「ちょっとやり過ぎたかな」


 しかしこれは戦争。帝国が積み上げてきた歴史と、踏み鳴らした亡骸の数に比べればなんてことのない出来事だ。


 この爆発と同時にエレーナが場内に潜入する手筈になっている。そして少女たちの安全を確保した後、外で待機しているエルリックと合流。酒場まで少女たちを護衛しながら連れて行く。

 彼らに任せきりになってしまうが、私は私を怒らせた奴らに復讐をすると決めた。


◇◇◇◇◇


 城内は混乱の最中であった。死者は出ていないものの、負傷者は多数。その救護とこの惨状を起こした犯人を探すべく、衛兵や騎士団は血眼で駆け回っている。


 この状況なら、地下までのルートを人に見つからずに行くのは余裕。でも三人の少女を連れて脱出するのは困難だ。


「……ったくもう。見つかったら処刑確定じゃないか」


 エレーナは隠密スキルを駆使して地下の入り口まで到達した。幸い、先の爆発で警備は手薄になっている。湿った長い牢獄の通路を、一室ずつ確認しながら静かに進む。

 

 牢獄の環境は最悪で、数十人の奴隷の少年少女が投獄されている様だったが衰弱しかけている者も多い。エレーナは全ての牢の鍵を開けながら更に奥へと足を進める。


 最奥の部屋、そこだけ鍵が何重にもなっている場所があった。

 恐らく少女たちはこの部屋にいる。そう考えたエレーナはスキルを使用して鍵を開ける。


「そこにいるのは誰だ」


 ひとつ目の鍵を解錠した瞬間、背後から女性の声が聞こえた。隠密スキルを見破れるほどの実力者。騎士クラスの人間だろう。


「冒険者がこんな所で何をしている」

「割に合わない仕事だよ」


 言葉を交わつつ、鍵穴を探って解錠を試みる。ノールックで鍵を開けるのはそれほど難しくはない。しかし、女騎士の威圧感と緊張感から手が上手く動かない。


「誰に頼まれた」

「知らないの? 冒険者は依頼者のプライバシーは守るのよ」


「くだらん。時間稼ぎのつもりだろうが、その扉を開けたとしても中には誰も、何も入っていないぞ」

「うそ……」

「嘘など吐くものか。誰を探しているのかは知らんが、先ほどの爆発と関係しているのだろう?」


 そりゃそうなるよな。ここで捕まったら拷問され、依頼者のことを聞き出され、最後は処刑される。出口はひとつ。しかしその前には女騎士が立ち塞がっている。


 少女たちを救い出せなければ結末は決まったも同然。自害するのも一手だが、それもさせてくれるかどうか。


「ユマティエール、ここで何をしている」


 騎士の背後に、左胸に煌びやかな勲章を付けた別の騎士が現れた。その出立ちと女騎士の反応から察するに、指揮官かそれ以上の階級の者。


 この状況はかなりまずい。騎士一人くらいなら逃げ切れる可能性もあるだろうが、二人を相手にするとなるとそれは限りなく不可能に近い。


「副団長殿、奴は先の爆発と関係があると思われます。今すぐ捕まえて牢に――」

「そうか。なら、君は下がれ」

「……了解」


 副団長と呼ばれた男は女騎士を下がらせると、ゆっくりエレーナに近づいた。


「君は誰に雇われた?」

「言うわけないでしょ。なぜあの騎士を下がらせたの? まさか、冒険者をナメてる?」


 男は首を振り、道を開ける様にして半身の体勢にして見せた。


「グレンジャーによろしく頼む」


 グレンジャーって依頼主の――でも、これが罠という可能性もあるし、本当に仲間ってパターンも。


 エレーナは心を決め、警戒しながらその男の前を通り過ぎて外へ向かった。

 

 地下牢には少女は居なかった。となれば、別の所にいるのかもしれないがこれから城内を探し回るとなると捕まる危険が大きい。ここは一旦引いて、態勢を整えなければ。


◇◇◇◇◇


「奴隷の娘三人は、作戦決行直前に地下牢から移され皇帝の貴賓室に移されたようだ」

「そうか……」


 八咫烏の報告にグッと力が入る。冒険者まで使って危険な賭けをしたっていうのに、結果はこれか。


「冒険者を酒場まで無事に送り届けてくれ」

「御意」

 

 ここからは私ひとりで戦うしかない。そう意気込んで城へ向かおうとした瞬間、八咫烏が再度私の前に姿を現した。


「彼女らが何故帝国に匿われているのか判明。三名はそれぞれ同じ親から産まれた、言うなれば姉妹だ」


「いや、でも似ていない――」

「産まれたというより、生み出されたの方が近い。魔法によって魂を込められただけの人形だ」


「まさか、ホムンクルス」

「そうだ。十年前帝国の研究によって、人間兵器として生み出された三名は王国へ逃げ、拾われ孤児となった」


 全く予期していなかった。あの健気な少女たちが作られた人形だったなんて。しかし、それか事実なら王国が手を貸している意味が分からない。自国のために確保しておけば有事の際に優位なはず。


「彼女たちは未完成のホムンクルス。故に自我を持ち、戦闘兵器としての力を発揮していない」

「つまり、帝国の研究者なら完成させられる、と」


「その通り。完成した三体の兵器のうち一体を王国へ献上する、という約束でもしているのだろう」


 何をもって兵器とし、何をもって人間とするのか。私にはよく分からない。でも、あの笑顔や泣顔を見た私にとって、彼女たちはひとりの人間だ。怒り、悲しみ、喜び、その全ての感情を持ち合わせているのなら『兵器』とは呼べないのではないだろうか。


「私は変わらない。彼女たちが兵器になる前に助け出す」

「御意。いつでも指示を」


「それならひとつ頼みがある。

 皇帝の御前で、私を殺せ」







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