第28章 開眼
「いらっしゃいませえ」
ちょっとハスキーな四方の声が店内に響く。
客のJKらしき二人連れは羨望の眼差しを四方に注ぎながら、鯛焼きとアイスコーヒーを注文した。
三日目の朝。
峠の鯛焼き屋は開店直後から客が並び、この三日間の中でも最高潮のスタートを切っていた。
初日や二日目に買った客がリーズナブルで美味しいとSNSで拡散してくれたのと、途中参戦の夏音が運営している配信チャンネルのリスナーが、更に拡散してくれおかげもあってか、客足は途絶える事を知らない。
四方が店頭に立つと、JSから奥様クラスまで、幅広い年齢層の女性達が列を成した。
そう。何故か四方が店頭に立つと、客層は圧倒的に女性が多い。
その光景を、通りの対面からつぐみがニヤニヤしながら見ている。
彼女は昨日の事もあり、開店前から公園の脇道や自然歩道を中心に巡視をしていたのだ。
昨日のつぐみの一件は、報告を受けてからすぐに四方から衣川に伝えている。
勿論、加害者が被害者に警備の手薄を強調するよう強要した事もだ。
この公園以外でも凌辱事件を起こしている疑いがあった事から、四方が警察に通報すべく衣川に勧めたのだが、彼女は意外にもそれを断った。
被害者が出なかったのであれば、騒ぎを大きくするな。
それが、彼女の答えだった。
未遂に終わったものの、つぐみが襲われかけたのは事実であり、これを被害者はいないと言えるのか。
四方は衣川にそう抗議したが、断固として認めようとはしなかった。
警備担当者が危険に遭遇するのは当たり前――この、理不尽ともとれる自論を決して崩そうとはしなかったのだ。
今、彼女が騒ぎを起こしたくない訳も分からないでもない。
今回のイベントには、有名なアーティストや著名人が多数ゲスト参加しており、其のギャラはチケット販売で得た収入と公園の親族企業からの出資で賄う予定だったのだが、親族企業がいきなり後援辞退を申し入れて来た以上、不足分は主催者の衣川が被るしかなかった。
それ故に四方が依頼を受ける条件として提示した金額が、重荷になっているのは言うまでもない。
今回の輩の件は間違いなく衣川の差し金だろう。彼女の部下が自身の判断で忖度して行ったようには思えない。
事件を起こして四方達の職務怠慢を指摘し、依頼料を踏み倒すつもりだったに違いなかった。
だがそれを阻止され、反対に四方から疑いの目を向けられる結果となった為か、衣川は以降クレームをつける事無く、大人しく影を潜めてしまった。
これはむしろ四方としては好都合な結果だった。
彼女としては、隠密行動をとって呪師を炙り出そうとしているだけに、自由にさせてもらうのが第一条件なのだ。
実際、無駄に公園内を動き回るよりも、ここで人の動きを観察していた方が効率的だった。
公園の周囲は陽花里と鴨川が結界を張ってくれており、邪気を孕んだ者は入り込めない様に呪詛を仕掛けている。
唯一、其の縛りが無く誰でも出入り出来るのは、鯛焼き屋の前のメイン通路だけなのだ。
無論、それは衣川には話していない。話した所で理解も実感も出来ないだろう。
「四方、代わるぞ」
つぐみがバックヤードから店先に姿を現せた。
「有難う。どうだった? 」
「まだ動きはないな。出来ればこのまま無事終えたいところ。浮遊霊の侵入もだいぶ減ったしな」
つぐみはエプロンをつけると、四方の横に立った。
「了解」
早速客の応対を始めるつぐみの脇を擦り抜け、エプロンを外すと、四方はバックヤードから通りに出た。
この三日間で客足は日々増加している。
最終日の今日、フィナーレを飾る花火大会に加え、風の丘全体をプロジェクションマッピングし、幻想的な情景を奏でる企画の前評判が凄く、恐らく今日の午後以降の来園者は、今までの二日間の比ではないと言うのが主催者側の予想だ。
溢れる人込みから湧き出る生体エネルギー(プラーナ)が混沌とした気の渦を形成するものの、すぐに清廉された気の流れに拡散、昇華されていく。
昨日よりも明らかに気の流れが良い。
「四方さん! 」
幸甚が笑みを浮かべながら手を振っている。その横に玄信とその妻が、そしてその横にも玄信の妻が。
「えっ! 」
四方は目を凝らした。玄信達と同じ作務衣を纏った女性が二人。一人は玄信の妻だが、その隣で全く同じ容姿の女性がにこやかに四方に微笑み掛けている。
「四方さん、驚いたかい? 二人は双子だよ。因みに端っこは俺の嫁」
驚きを隠せない四方を、幸甚が嬉しそうに見た。
「初めまして。幸甚がお世話になっております」
幸甚の妻は恭しく四方にお辞儀をした。
「こちらこそお世話になっています。探偵の四方です」
四方も慌てて頭を下げる。
「龍脈は完全に蘇りましたよ」
玄信はそう言うと目を細めた。
「道理で、急に気の通りが良くなった訳ですね」
四方が納得したように頷く。
「でも私達だけじゃ無理だったのよ」
玄信の妻が申し訳なさげに眉を寄せた。
「あの巫女さんが来てくれなかったら、今日中に復帰させるのは無理でしたね」
幸甚の妻がしみじみ語った。
「きみちゃん」
その声に、四方は嬉しそうに反応した。
四方――輝美都をそう呼ぶのは一人しかいない。
「紗っちゃん、有難う。忙しいのにごめん」
四方は振り向くと、彼女に手を合わす。
澄んだ瞳に雪の様な透明感のある白い肌。すっきりと通った鼻筋に薄い唇。長い黒髪を後ろで束ねている。
和の美を集結させたかのような、慎まやかで神秘的な魅力を秘めた容姿に、通行人達も皆目線を引き込まれている。
彼女は桜木谷紗代。四方の同郷者で、郷の神社の神代巫女。他の一般的な神社と違い、彼女がその神社では絶対的な立場で、神職の鴨川よりも格上だった。
「私もたまには外の空気吸いたいしね。あやめちゃんがいるから大丈夫」
と、親指を立てる紗代。因みに、あやめは紗代が奉仕している神社の巫女で彼女の弟子だ。
「それなら良かった。でも紗っちゃん、その恰好は・・・」
四方はじっと紗代の服装を見た。
ラフなデニムにピンク色のカットソー。その上からへそ天の猫のキャラクターが描かれたエプロンを纏っている。
「私も、お店のお手伝いしようかなあって。龍脈が通ったから、この場所は浄化されつつあるし、親玉がしびれを切らして現れるのにも、多分まだ時間があるし」
そう言うと、紗代はちらっとお店に目線を向けた。
つぐみの横で、鯛焼きマッスイイイイインと化している鴨川の姿が、彼女の瞳に映る。
「うん、みんな喜ぶと思う」
「それじゃあ、後で。お世話になりました。失礼します」
「こちらこそありがとうございました」
紗代は玄信達に会釈をすると、いそいそと鯛焼き屋に向かった。
「四方さん、彼女は凄い御方だ。龍女の俺達の嫁が悪戦苦闘しても復帰しなかった龍脈を、いとも簡単に蘇生させたんだよ」
玄信が憧憬の眼差しを紗代に向けた。
「彼女なら、そうでしょうね」
四方はまんざらでもない表情を浮かべる。
鯛焼き屋で歓声が上がった。
紗代の登場で、一気にボルテージが上がったようだ。
見ると、鴨川の動きが更にギアチェンジしてスピードアップしている。
「彼女は色々と魔法が使えるようだな」
幸甚がほおを緩めた。
「四方さんの読みならば、『祀り』は今日の最後でしたか」
玄信が表情を硬くすると、四方にそう囁いた。
「と、思います。イベントがフィナーレを迎えた最高潮時に牙をむくか、終わった途端に人々の緊張の糸が一気に萎えるその瞬間のどちらかを狙って来ると思います。でも多分、後者ですね」
「奴はどんな策を講じて来るのでしょうかね」
「恐らく、無策でしょう。まずは真っ直ぐ私とつぐみを消しに来ると思います。相手にしてみれば一番の厄介者ですから。」
しばらくすると、紗代に接客の仕方レクチャーし終えたつぐみが四方の元に現れた。
「鴨川も分かり易い奴だな。壊れなきゃいいが」
つぐみが心配そうに店の方を振り返る。
「つぐみも分かり易いけど・・・」
四方は苦笑を浮かべた。
「ん! 何か言ったか? 」
徐に振り向くつぐみ。
「いや、何でもないから」
「そうか・・・私は分かり易いのではなく、素直なだけだから」
あたふたする四方に、つぐみは得意気にそう言い放った。
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