第27章 暴渦
イベント二日目が終わろうとしていた。
四方が接客に回り、最後の客をさばく中、つぐみは公園のはずれの遊歩道を歩いていた。
キッチンカーが並ぶメインの通りから離れた自然歩道は、つぐみ以外に人通りは無く、人込みにうんざりしていた彼女にとって最高のリフレッシュ空間だった。
四方の読み通り、今の所、公園内で異変は起きてい ない。四方やつぐみ達も、吸い寄せられるように集まって来る浮遊霊達を祓う程度で、それも龍脈が通じる毎に日に日に減っては来ている。
彼女達を再三苦しめた鬼の容姿を成す使い魔も、全く姿を現せていない。
それも不気味と言えば不気味だったが、奴もつぐみ達を手ごわい存在と捉え、時が満ちるまで力を温存しているかのように思えた。
そう、時が満ちるまで。
浮遊霊達の集結度合いに陰りが見え始めたものの、日々押し寄せる来場者から迸る生体エネルギーが、夥しい気の塊となって公園に漂っていた。
人の気に紛れて公園に密かに忍び込み、呪力を上げるために人々が集う場所を彷徨っては生体エネルギーを貪り食う――鬼の目的は、これなのかもしれない。
それは、今朝、思案顔でつぐみに語った四方の読みだった。
そうかもしれない。
つぐみはそう思った。
浮遊霊達の力は微弱で、つぐみが一睨みするだけで跡形も無く消えてしまう。
それに対し、生体エネルギーは、意識して覇気をぶつけない限りは散る事は無い。
生体エネルギーには邪を弾く清廉された波動を成すものもあれば、妬みや恨みつらみが練り込まれ、情念の塊となって生霊を生む者もある。
鬼が好餌するとなると、間違いなく後者だろう。
だが、つぐみ達が見る限りでは、浮遊霊は愚か、その手の生体エネルギーを貪り食う鬼の姿は未だ見かけてはいない。
園内の巡回時は勿論、鯛焼きの接客もただ人手不足の助っ人でやっている訳ではなく、来客者の中に鬼の気を纏っている者がいないか目を光らせる為なのだが、今の所全くその類を感知してはいなかった。
わざわざゲート近くに店を出したのはそう言った理由だったのだが、衣川はこれをみて職務怠慢と捉えたのか、開店早々店先で四方にがなり立てた。
その口を拳で塞いでやろうとしたつぐみを素早く制したのは四方だった。
四方は感情的にまくし立てる衣川を黙って見詰めていたが、彼女がすべて吐き出し終えたのを見届けると、静かな口調で語り始めた。
鯛焼き屋はカムフラージュで、呪師の目を欺く為であるのと同時に、入場者を監視するのに最も違和感が無い事と、それ以外にも交代で人知れず監視を行っている事を述べ、今こうやって抗議に来られた事で、呪師に監視体制を気付かれてしまったかもしれないと、反対に苦言を述べたのだ。
結局、衣川は何も言い返せず、不満気に表情を歪めたまま、顔を真っ赤にしてお供をぞろぞろ引き連れて退散した。
鬼を操る呪師よりも、衣川の方が厄介な存在かもしれない。
後で分かったのだが、今回のイベントの後援で名を連ねていた彼女の親族企業が一斉に身を引いたのだ。
その大元となったのが、霊能師連続変死事件に、彼女が関わっているとメディアにすっぱ抜かれたのだ。
彼女の親族も、変死した霊能師達の元に衣川が相談に出向いていた情報は掴んでおり、企業としてのイメージ悪化を恐れ、大手の出版社にはそれなりの圧を掛けていたようだが、小さなカルト情報誌までは眼中に無かったようだ。
ライターの名は公表されてはいないが、最近活動し始めた新人の様で、誰もがノーマーク状態の存在だった。
雑誌の発行部数は大したものではないが、それを都市伝説系クリエーター達がSNSのチャンネルで取り上げた為に見事拡散したのだった。
衣川としては今更イベントを中断出来ず、かなりの経済的負担を背負う事になったらしく、それもあって虫の居所が悪かったらしい。
ひょっとしたら、四方に難癖をつけて今回の依頼料を踏み倒すつもりなのかもしれない。
不意に、つぐみは歩みを止めた。
そばの藪から突然、人影が現れる。
若い男だ。
前から二人。
背後から二人。
瞬時にして状況を把握した彼女は、流れるような体技で前後から迫り来る男達を交わすと、後方に跳躍した。
「すばしっこいな。何か武道やってるのか? 」
短髪で金髪の男が、品定めするかのようにつぐみを見る。
ぶかぶかの黒いTシャツに同じくぶかぶかの黒のジャージ、無駄に焼けた黒い顔は何処かとぼけた風体だ。中肉中背だが、ジムでも通っているのか、胸板が厚く、腕も太い。だがそれはあくまでも見せる筋肉だ。対峙する相手を威嚇するには効果的だが、実践では意味をなさない。
その隣には、同様に上下黒ずくめの肉付きのいいスキンヘッドが、両手を黒いハーフパンツのポケットに突っ込んだまま、黒いサングラス越しに好色そうな目でつぐみを嘗め回すように見ている。
二人からは独特の圧を感じるものの、つぐみにとっては気に掛けるほどの者ではなかった。
強いて言えば、むしろ彼らの両隣りに立つ痩身の二人の男の方が警戒すべき存在と言えた。色白で長髪。一人は紫色のスエット上下に長髪、もう一人はカーキ色のカーゴパンツに迷彩柄のTシャツ。薄ら笑いを浮かべながらも、鋭利な刃物のような残忍で冷酷無比の気を放っている。
明らかに、つぐみに対して警戒の意識を携えていた。
この二人、背後からつぐみに忍び寄る所作は、常人なら恐らく気付かないレベルの身のこなしだった。
今までにかなりの修羅場をくぐり抜けて来た猛者の様に思われる。
武道ではない。
どちらかと言うと、武闘の方だ。
実践によって体に染みついた体技が彼らに無駄がなく隙の無い動きを生み出しているのだ。
戦う相手は、一見華奢に見えるその外観に油断した隙を突かれ、こてんぱんにのされてしまうのだろう。
「何か、よう? 」
つぐみが、抑揚の無い声で男達に問い掛けた。
「一人で寂しそうに歩いているからさ。なあ、一緒に俺達と楽しまねえか? 」
スキンヘッドの眼は、つぐみのむき出しになってる太腿を露骨なまでにロックオンしている。
「お断りする」
つぐみは、彼らに動じる素振りを微塵も見せずに、ぶっきらぼうに答えた。
「そんな事言うなよ」
スキンヘッドの男が、猥雑な笑みを浮かべながら、ハーフパンツのポケットから右手を出した。
刹那、彼の手に銀光が宿る。
ジャックナイフだ。
「大人しくしねえと、綺麗な顔に傷がつくぜ」
男はにたにたと猥雑な笑みを浮かべながら、刃先をつぐみに向けた。
痩身の二人の男が、するりとつぐみの傍らに忍び寄ると、彼女の腕を羽交い絞めにする。
「怨むなら、俺達を恨むんじゃねえぞ。怠慢こいてる警備員を恨むんだな」
短髪の男がそう言いながらせせら笑った。
「私にそう証言しろと言う事か? 依頼されたんだな。そう証言するように仕向けろと。誰に頼まれた?」
つぐみは憤怒の表情で短髪金髪ちょいでぶ男を見据えた。
「な、な、な? 」
分かり易い男だった。奴はつぐみの気迫に押され、おろおろした表情で目線を泳がせる。
「正直に言えば見逃してやる。誰に頼まれた? 」
つぐみは更に奴に追求した。
「うるせいっ! 訳の分からねえこと言ってんじゃねえっ! 」
スキンヘッドが口から泡を飛ばしながらつぐみに迫る。
奴はつぐみのスカートの中にナイフをつっこむと、刃先を股間に押し当てた。
「騒ぐと割れ目が広がっちまうぜ」
スキンヘッドがサデスティックな眼でつぐみを見据えると舌なめずりをした。
「大した女だな。大抵の奴はびびって小便垂れ流すのによ」
短髪男が形勢逆転したと取ったのか、さっきの動揺を誤魔化すかの様に毒づいた。
「他にも、やった相手がいるのか」
つぐみは淡々とした口調でスキンヘッドに問うた。
「ああ、ごまんとな」
「この公園では? 」
「喜べ、お前が初めてだ」
「そうか」
つぐみが静かに呟く。
その言葉に、スキンヘッドが訝し気な表情を浮かべた。
刹那、つぐみ羽交い絞めにしていた男達の腕をいとも簡単振り払うと、喉を鷲掴みにし、両サイドからスキンヘッドの側頭部に彼らの顔面を叩き込む。
「んぐ・・・! 」
痩身の猛者達は吐息の様な悲鳴と共に白目をむいた。
何が起きたのか分からないまま立ち竦むスキンヘッド。
奴の手から、ナイフが零れ落ちる。
つぐみは既に意識の無い痩身男達を無造作に側方の薮へと放り投げる。
「貴様はもう二度と悪さが出来ない様にしてやる」
つぐみの右足が綺麗な弧を描く。
爪先がスキンヘッドの股間に食い込むも、更に容赦なく蹴り上げた。
次の瞬間、奴は大きな放物線を描きながら木立の間へと消えた。
「お、おまおまおま・・・」
驚愕に震える短髪男の眼窩から、眼球が半分程飛び出す。
「正直に答えろ。誰に頼まれた? 」
「化け物があっ! 」
短髪男の手に、棒状の獲物が握られていた。伸縮タイプの警棒だ。
奴は大きく振りかぶると――不意に警棒が消えた。
「おいおい、か弱い女性に何をしようとしているんだよ」
短髪男の背後に、ガチムチ体型の青年が立っていた。
もさもさの髪に陽に焼けた顔。ワイルドな口髭が印象的だがすこぶる優しい眼をしている。
石動だった。
彼の手には、さっきまで短髪男が握りしめていたはずの警棒が握られていた。
「か弱いって・・・うそうそ、こいつ、化け物だす」
短髪男はおどおどした表情できょどまくる。
「化け物だとおっ! 俺の大切な人になんて事言いやがるっ! 」
石動の眉毛が吊り上がる。
彼は警棒をぐにゃりと曲げると短髪男の首に掛け、更に締め上げた。
「貴様の様な失礼な奴には、悪さしないように目印が必要だな。ここを出るまで首輪でもつけとけ」
「うひいいい」
短髪男はかすれ声で悲鳴を上げる。と、同時に奴の足元に水溜まりが生じた。
「お前に女性を襲う様に依頼したのは、どんな奴だ」
つぐみが短髪男をねめつける。
「おと、おと、男です。スーツを着た、サラリーマン風の。誰でも良いから襲って警備の不備を訴える様に仕向けろって」
「金を貰ったのか? 」
「は、はい。十万貰いました。一人やるごとに更に十万プラスするって。でも証拠の動画を必ず送れって」
「他の三人が意識を取り戻したら、とっとと公園から消えろ。そして二度と来るな」
「わ、わ、分かりました」
短髪男はつぐみの恫喝に何度も頷くと、腰が抜けたのかその場にへたり込んだ。
「どうした、顔が真っ赤だぞ? 」
石動はつぐみを心配そうに見つめた。
「え、うん、大丈夫」
つぐみなどぎまぎしながら石動を見つめる。
石動が短髪男に言い放った言葉――『俺の大切な人』が、彼女の胸に突き刺さっていたのだ
「そうだ、気晴らしに二人で公園を一回りしてみるか」
「うん」
石動の提案に、つぐみははにかんだ表情で頷くと、彼の腕に腕を絡めた。
談笑しながら立ち去って行く二人を、短髪男は怯えた眼で追っていた。
つぐみの反撃に戦慄を覚えた以上に、奴は石動に恐怖していた。
彼にねめつけられた瞬間、全身の力が虚無化するのを覚えたのだ。
今までに経験した事の無い、半端ない覇気だった。
奴は携帯を取り出した。そして、恐る恐るレンズを二人に向ける。
二人の姿を隠し撮りし、どういった人物なのか調べてみようと思ったのだ。それに、二人の素性が調べ上げられれば、仲間に声を掛けてのリベンジも考えられる
不意に、石動は立ち止まると、バックキックで路面の何かを蹴っ飛ばした。
次の瞬間、短髪男の手から携帯がすっ飛び、激しく路面に打ち据えられて大破した。
短髪男は舌打ちしながら携帯を取り上げ――絶句した。
携帯の画面には、ジャックナイフが突き刺さっていた。
それは、つぐみに蹴り飛ばされて薮に消えた仲間のスキンヘッドが握っていたはずのナイフだった。
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