第24章 闘陣
「いらっしゃいませ」
笑顔で接客するつぐみ程、最強の武器は無いだろう。
『峠の鯛焼き屋』の前には長蛇の列が続いており、その多くは男性客で、中にはこっそり接客するつぐみをスマホで撮影する者さえいる。ただでさえ人目を引く容姿に加え、ブラがすけすけの白Tに黒の超ミニタイトスカートが道行く人々の煩悩を余す事無く刺激していた。
つぐみは接客をしながら飲み物を担当。メインの鯛焼きは鴨川が只管焼き続け、今回助っ人で参加の平城と南雲が裏方で粉やらあんこやらを準備している。
当初はつぐみや平城達は加わる予定ではなかったのだが、鯛焼き以外に石動の作品を販売するとなると、二人だけで客をさばくのは大変だと未央からアドバイスされ、急遽加わることになったのだ。
石動は鯛焼き屋の横で鯛焼き型箸置きやペーパーウエイトなんかを並べているのだが、意外にもこれが女子受けし、鼻の下を伸ばして接客する彼に、時折つぐみが刃の様な冷ややかな視線を投げ掛けていた。
「凄い盛況ぶりだな。つぐみちゃん効果か? 」
行列を遠巻きにして眺めていた幸甚が、眼を細めながら口元をほころばせる。
「それだけじゃないです。おいひーれすよほっ 」
祥子は満面に笑みを浮かべながら鯛焼きを美味しそうに頬張った。
開店前に試しにいくつか焼いた鯛焼きを、つぐみがこっそり祥子に手渡したのだ。
「四方さんはフリーなのかい? 」
「いえ、二時間毎ににつぐみと交代します。イベントは三日間。恐らく事が動くのは最終日でしょう。それまでは様子見ですね」
「成程、そうかもしれんな」
四方の読みに幸甚は頷いた。
「でも万が一、予想が外れて早々に動きがあった場合、つぐみや店の面々は応戦に回ります」
「成程。しかし四方さんは不思議な人脈をもってなさるな。あれだけの神気を纏った者はそう滅多に見ないぞ。それも一人二人ではなく、彼ら全員から凄まじい覇力を感じるんだが」
幸甚は眩しそうに鯛焼き屋を見つめた。
「頼もしい仲間達です。彼らにはいつも助けられているんです」
四方は親しみを込めた優しい目線を鯛焼き屋の面々に向けた。
と、男性客が圧倒的だった客層に急遽変化が生じた。
焼き方や裏方の男性陣を見た奥様方が、眼の色を変え隊列に加わったのだ。
どうやら作家と言う表の顔を持つ平城が、淑女の皆様に身バレしたようだ。
それだけじゃない。更には、鴨川が神職の傍ら運営しているSNSチャンネルのリスナーや、地元のラジオ番組で不動産相談コーナーを担当している南雲のファンが、彼らの存在に気付き、どっと押し寄せたのだ。
彼らは特に今回の鯛焼き屋のヘルプについて発信した訳ではない。
三人の存在に気付いた誰かがSNSにアップして発信したらしく、その情報が瞬く間に拡散したようだった。
おまけに石動の焼き物も、普段では買えない様な手頃な値段で提供されているのをファンが気付き、彼の売り場も客層の平均年齢が大幅に変化しつつあった。
「こりゃあ、交通整理しないと」
思いも寄らぬ繁盛ぶりに、幸甚は驚きを隠せない様子だった。
「ですね」
四方が神妙な面持ちで頷く。
「宇古陀んとこも、これ位客が入るといいんだけどな」
後輩の心配をする幸甚に、四方は笑い掛けた。
「それが、席を取るのも大変みたいですよ。まだ開演前ですが、行列が立ち見を含めて定数を超えたらしいです」
「へええ。驚きだな」
幸甚は、後輩の意外な人気に、感心した表情を満面に満面に浮かべた。
「幸甚さん、警備の報酬が出たらみんなで山分けにしますから。思いもよらぬスポンサーがついたので」
「有難い・・・つまりは、絶対に生き残れという事ですな」
「そう言う事です。くれぐれも無茶はなさらない様にお願いします」
「承知した」
「私は例の工事現場周辺を回ってきます。幸甚さんと祥子さんはどちらへ? 」
「俺はメインの通りから裏手を抜けてここに戻るルートで行く」
「私は真っ直ぐ丘に向かって霊気の乱れを見て回ります」
「分かりました。何かあったらお互い携帯で呼び合うことにしましょう。では、また後程」
四方はそう言い残すと、流れるようなステップで身を翻し、雑踏の中に消えた。
「ああ言いながら、彼女が一番無茶をしそうだな」
幸甚は心配そうに四方の背中を見つめた。
「そうですね。でも、あの方なら大丈夫ですよ。彼女は隠しているようですが、全身から迸る覇力は半端ないです。では、私も参ります」
祥子は幸甚に一礼すると、瞬時にして気配を消した。彼女が向かったのは、四方とは反対方向。だが、その姿は既に幸甚の視野から消えていた。
「我が弟子も成長したな。四方さん効果か」
まるで忍びの様な祥子の所作に、幸甚は満足げな笑みを浮かべた。
「どれ、私も少しは働くかな」
幸甚はそう呟くと身を翻し、雑踏に溶け込むかのように姿を消した。
三人は、もはや常人ではとらえきれない巧みな動きで人込みに紛れ、消えていた。
「行ったか・・・しばしの間、頼むぞ」
つぐみは接客をしながら、三方に散った彼らに向けて呟くように声援を送った。
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