第23章 狼狽

「今回はあなたの力を見込んでお願いに上がりました」

 衣川詩織は、四方に深々と頭を下げた。

 その横で、未央が申し訳なさげに四方を見つめている。

「で、私に何をしろと」

 四方は醒めた目線を詩織に投げ掛ける。衣川のへりくだった態度があくまでもパフォーマンスであることくらい、四方は見抜いている。

「イベントの最中にトラブルが起きない様、警備に当たって欲しいの」

 衣川は徐に腕を組むと、ねめつける様に四方を見据えた。

「やはり、開催するんですね」

 四方は眉を顰めると落胆の吐息着いた。

「勿論よ。風光明媚な国立の緑地公園があるのに、近隣が未開発なのはもったいない話とは思わない? 私のイベントをきっかけに、もっと内外の注目が集まれば今よりもずっと魅力的な街になるかもしれないのよ」

「あなたの御両親が手掛けている都市開発事業も一気に加速するって訳ですよね」

「まあね。私も色々両親には助けてもらっているから、そろそろ恩返しをしなきゃと思ってね。今回も後援でサポートしてくれるから、盛大なイベントになるかもよ。」

 衣川は饒舌な口振りで語ると、満足げな笑みを浮かべた。

「衣川さん、警備を頼むなら、もっと大手のセキュリティのプロに頼んだ方がいいんじゃないですか? 」

「普通の警備はそうするつもり。四方さんにお願いしたいのは、もっと別のジャンル」

「それは、どういった? 」

「私にかけられた呪いに対してよ」

 衣川は挑むような勢いで四方に迫った。

「呪い対策、ですか」

「イベントの最中に妙な現象が起きてお客様に嫌な思いをさせたくないの。私に関わった霊能師達は、本人か関係者が非業の死を遂げているし・・・唯一、呪いの犠牲になっていないのは、四方さん達だけ。と言う事は、呪いに対抗出来る力があるって事でしょう? 実際、変な化け物を追っ払うところも見ているし。勿論、四方さんだけじゃなく、助手の子もお願いしたいんだけど」

 衣川は上目遣いに四方を見た。

「買いかぶり過ぎですよ。たまたま運が良かっただけです」

 四方は困惑したような素振りで薄ら笑いを浮かべる。

「とにかく、あなたにお願いしたいの。このイベントは絶対に成功させなければならないの。お金はいくらでも出すから」

 衣川は目尻を吊り上げると、声を荒げながら四方に詰め寄った。

「分かりました。いいでしょう。では、これ位いただけるのなら。成功報酬で構いませんので」

 四方はメモ用紙にボールペンでさらさらと金額を書くと、衣川に提示した。

 衣川の顔に一瞬戸惑いの色が浮かぶ。が、すぐにそれは満足げな笑みへと変わった。

「いいでしょう。この条件でお願いします」

「では、契約書を作りますので、直筆のサインをお願いします。

 四方は自分の机に戻ると、慣れた手つきでパソコンのキーを叩く。

 プリントアウトした契約書を手に、応接の場に戻ると、衣川に其れを差し出した。

 衣川は何の躊躇いも無くそれに署名をすると、ほくそ笑みながら四方に返した。

「これで契約成立です。有難うございます」

 四方は衣川に頭を下げると、席を立つ衣川と未央を戸口まで見送った。

 衣川の横で、未央が不安げに四方を見つめている。

「詳細な打ち合わせは、メールでやり取りしましょう。その方が言った言わないのすれ違いは無いから」

「承知致しました。連絡をお待ちしています」

 衣川の提案を四方は迷わず承諾した。

 二人が事務所を出たと同時に、奥のキッチンからつぐみと宇古陀、それに陽花里が姿を現す。

「四方ちゃん、思った通りだね」

 陽花里がにまにましながら頷く。

「まあ、衣川がアポイントを取ってきた時、何となくそう思ったんだよね」

 四方はふうっと大きく吐息をついた。

「奴も結構小心者だな。四方一人と面談したいと言いながらも、自身は未央に付き添って来てもらっているのだからな」

 つぐみは詩織の態度に呆れながら、彼女達が立ち去ったドアを見つめる。

「この前、イベントの中止を申し入れに言った時、高飛車な態度で拒絶しましたからね。一人じゃ断られると思ったんでしょうね」

 四方は珈琲を口に含んだ。

「私の珈琲を残す奴はろくでもない輩ばかりだ。想像はつくな」

 つぐみはテーブルの上のカップをしげしげと見つめた。未央は綺麗に飲み干しているが、詩織は残すどころか一口もたしなんだ形跡がない。

「で、四方ちゃん、幾らで契約したの? 」

 宇古陀が興味津々に四方に問い掛ける。

 四方は黙ったまま、ニヤリと笑みを浮かべると宇古陀に契約書を渡した。

「一億・・・マジかっ! 」

 宇古陀が絶叫した。

「多分本人は払うつもりはないですよ。あくまでも成功報酬ですから」

「色々と難癖付けるとか? 」

「いえ、恐らくですが・・・最悪でも受け取るべき存在が居なくなると確信しているんじゃないですか? 」

「え? 」

 宇古陀は訝し気に表情を歪めると、四方の顔を覗き込む。

「まあ、そうは成らない様にしますから、ご安心を」

「四方ちゃん、それってどういう意味よ」

 宇古陀の顔に不安げな翳りが浮かぶ。

 だが、四方はそれ以上答えず、仄かな笑みを浮かべたまま、カップに残った珈琲を美味しそうに飲み干した。






 

 

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