第20章 伝承
「つぐみさん、凄いな・・・」
幸甚は驚愕に口をおっぴろげたまま、食後のお茶をすするつぐみと彼女の前に置かれた空っぽの大鉢を交互に見つめた。
『風の丘公園』での一仕事を終えた四方達は、幸甚の行きつけの食堂で海鮮丼をごちそうになったのだ。
好きなものを好きなだけ頼んでよいとの幸甚の太っ腹発言に、つぐみは超特盛海鮮丼を頼んだのだ。
規定時間三十分以内に直径数十センチの大鉢に入った海鮮丼十人前相当を食べきったら無料と言うチャレンジメニューで、今まで達成した者はいない模様。
因みに規定を達成しなければ一万円を支払わなければならないのだが、つぐみはこれを十分足らずで食べきったのだ。因みに四方達はまだ丼の半分にも達していない。
勿論、つぐみ以外は全員レギュラーサイズなのだが。
「あのう、ちょっとお願いがありまして・・・」
店の主人がおずおずとつぐみに話し掛ける。
彼が言うには、恐らくは今後も記録を破る者はいないだろうとの事だった。
彼は重い口を開くと、めぐみに殿堂入りしてもらえないかと懇願した。殿堂入りするとチャレンジはもう出来ないものの、記念に大鉢をプレゼントしてもらえるとの事で、つぐみは即承諾。上機嫌で大鉢を受け取った。
「四方、今日からこれが私の茶碗だ」
「じゃあ、毎日超つゆだくのお茶漬けと言う事で」
つぐみの返事に戦線恐々としていた店の主人は、彼女が素直にの殿堂入りを了承し、記念品の大鉢贈呈を心から喜んでくれた事に、心から安堵の時を噛みしめていた。
「つぐみさんの喰いっぷりには、丘に封印された妖でもかなわんだろうな」
幸甚はにやにやしながら目を細めた。
「封印されている妖と言うのは、 どんな奴なんですか? 」
四方は箸を止めて幸甚に尋ねた。
「『阿鼻』と言う妖で、顔は人と同じだが、手足が八本ある。全身毛は生えておらず、肌は死人の様に血の気の無い黄土色で、口には獣の様な鋭い牙が並んでおり、人を捕えて食うそうだ」
「聞いたことない名だな」
つぐみは早くもデザートのアイスクリーム大盛をさくさくと頬張っている。因みにこれは彼女の喰いっぷりに感服した店主のサービスだ。
「私の実家に絵巻物があって、そこに『阿鼻』の姿が描かれています。画像を撮ってあるんで」
閏間祥子は携帯を取り出すと、四方とつぐみの前にそっと差し出した。
「何となく、餓鬼の変異種って感じですね」
「そう言われればそうですね」
四方の感想に閏間は頷いた。
「写真からは邪悪な気は感じられないな。ちゃんと封印されているからか」
つぐみは身を乗り出してその画像を食い入るように見た。
「私の家計は、『阿鼻』を封印した僧侶の末裔なんです。普通の人はこの画像を持っていても変わった事は起きませんが、当家の血筋を引くものが持つと最強のお守りになるんです。特に『阿鼻』に対しては」
閏間は微笑みながらそう語ると、恥ずかしそうに画像を閉じた。
「封印の儀式は彼女の父親が取り行っているんだ。まあ、いずれは彼女が引き継ぐことになるだろうがな」
幸甚は嬉しそうに眼を細めた。
「問題は、例のイベントだな。宇古陀の晴れ舞台に水を差す様で悪いとは思うが、何んとか中止に出きんかな」
幸甚は、食べ終えた丼をテーブルの前に押し出すと、眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。作務衣の袖に隠れてはいるものの、隆起した筋肉が形作る陰影は半端なものではない。
「実はここに来る前に、衣川さんのオフィスに寄って説得してみたんですけど、駄目でしたね」
四方は残念そうに呟くと、デザートのアイスを口に運んだ。因みに彼女のは標準サイズ。
「四方さんでも駄目だったか・・・俺も電話で話して来たけど、ブチ切れられて強制的に切られちまったよ」
「私なら説得なんて手ぬるいやり方はしないぞ。力ずくで捻じ伏せてやる」
つぐみの眼にめらめらと闘気の炎が立ち上がる。
「つぐみ、それは悪人か妖だけにしてね。訴訟問題は避けたい。出来れば」
四方が、さり気なくつぐみに囁く。
「心得た。肝に銘じておく」
その気の無い返事で答えるつぐみ。
「主催者が意志を曲げない以上、今回の事案については、私は契約度外視で、あくまでも自分の意志で動こうと思います」
「つまり、ただ働きで頑張るって事よ」
四方の堅い口上の後に、つぐみがやや不満気な顔で簡単に要約を伝えた。
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