第17章 憑代
「これを見て下さい」
平城がパソコンのキーを叩くと、巨大ディスプレイに地図が現れた。
宇古陀が公園の東屋で地図を広げてから数分後、彼らは平城の仕事場に来ていた。壁一面の本棚をびっしりと埋め尽くす書物とデスクトップ型のパソコンが二台。他にノートパソコン一台と明らかに業務用のファックス兼プリンター、更に冒頭で述べた百インチの巨大ディスプレイが十畳ほどの空間を圧迫している。
ディスプレイに表示された地図には、奇しくも宇古陀が地図に記した箇所と同じ所に赤丸印がつけられており、更にそれを貫通する幾つもの線が書き加えられている。
「これは南雲から、最近時空の歪があちらこちらで発生しているから調べて欲しいと頼まれて、該当する箇所を地図に書き入れたものです」
平城が更にキーを叩く。
「これに宇古陀さんの地図で示された場所を入力すると、ぴったり当てはまる。まあ、ここまでは四方ちゃんも予想はしていたと思う」
「まあね」
四方が静かに頷く。
「問題は、 これなんです」
平城がマウスをクリックすると、印を繋ぐ線が、太い黄色で強調された。
「宇古陀さんが地図に書いた通り、各ポイントを線でつなぐと五芒星を成すのですが、この線の元の方――延長線上に何があると思います? 」
平城が皆に問い掛ける。
「龍穴――俗に言うパワースポットか? 」
つぐみの眼が輝く。
「流石つぐみちゃん、その通り。著名なパワースポットの神社がそれぞれの延長線上に鎮座しており、そこから対角線上に龍脈が走っている。けど、今回の不可解な連続殺人事件で、龍脈が汚され、途中から寸断されてしまった」
平城が沈痛な面持ちで言葉を紡いだ。
「そうなると、どうなるの? 」
宇古陀が恐る恐る平城に尋ねた。
南雲の表情に暗い翳りが浮かぶ。
誰も語ろうとはしなかった。
恐らく、ここにいる面々はそれを察しているのだろう。
但し、宇古陀を除いては。
察しているが故に、それを言葉にすることに禍々しさを感じ、あえて紡ごうとしないのだ。
「陰の気がこの中心部に溜まり始めます。この、『風の丘緑地公園』にね」
平城は、重い口振りで沈黙の帳を破った。
「宇古陀さん、あのイベント、中止にするよう衣川さんに話して頂けませんか? 」
四方が、宇古陀に眼差しを向ける。
「えっ! それってどういう事? 」
宇古陀は困惑した素振りで答えた。
「何だか嫌な予感がするんです。今までの事件はあくまでも序章で、これから起こることが、呪詛を仕掛けた者が望んだ本当の目的ではないかと」
今までにない四方の緊迫した表情に、宇古陀は目を見開いた。
「何でしたら、取り次いでいただけたら、私が話します」
「うーん、取り次ぐのは出来るけど、説得するのは難しいと思うよ」
宇古陀は目をしょぼつかせながら珍しく四方に苦言を呈した。
「イベントって? 」
南雲が首を傾げる。
「『風の祀り』ってイベント。え、ひょっとして知らないの? 」
宇古陀は驚きの声を上げながら大げさに仰け反った。
「すみません、知りませんでした」
南雲が申し訳なさそうに頭を下げる。
「南雲、気にするな。こやつは自分が出し物に出るものだからいじけているだけだ」
つぐみが容赦なく宇古陀の追撃を遮断する。
「宇古陀さん、そのイベントに参加されるんですか? 」
平城が驚きの声を上げる。
「階段を語るそうだ」
「つぐみ、階段じゃなくて怪談」
字面じゃ分からないつぐみのボケに、四方がさり気なく突っ込みを入れる。
「そういやあ、宇古陀さん、最近ちょこちょこ怪談ライブに顔を出してますもんね」
南雲が納得したように頷く。
「え、怪談ライブ、見に来てくれてるの? 」
宇古陀が上機嫌な面持ちで目を細めた。
「社長が好きなんですよ。私もおともさせていただいてます」
「へええ。因みに、どんな話が好きなの? 」
「都市伝説です」
「そりゃあまた、なんとも:::ですね」
四方がぽつりと呟く。
残念ながら、このマンション自体ゴリゴリの都市伝説的存在なのだが。更に刺激を求めてなのか。
不意に、四方の表情が険しく強張った。強い意志の宿った眼が、真正面から宇古陀を捉える。
「宇古陀さん、呪詛を掛けている奴の狙いが何なのかは分からない。でも確実に何かをやらかすつもりですよ」
彼女のいつになく厳しい表情に狼狽えながらも、宇古陀は渋面を浮かべると腕を組んだ。
「分かったよ。そこまで四方ちゃんが言うなら・・・でも一旦、俺が話をつけてみる」
宇古陀は渋々携帯を取り出すと、衣川に連絡を取った。
「お世話になっております。宇古陀です。実は・・・」
宇古陀は、携帯越しにも関わらず、滑稽なくらいにおどおどとした態度で衣川と対峙した。
会話を覆えた途端、肩を下げて大きく息を吐く。
「駄目だってさ。何でもついさっき、上月さんも中止を提案したらしくて、丁度ご機嫌斜めの所に駄目出ししてしまったから、怒り心頭マックスになってたよ」
「ごめんなさい、宇古陀さん。嫌な役回りをお願いして」
四方が恐縮至極の困惑顔で宇古陀に頭を下げた。
「いいよいいよ。四方ちゃんが真顔で止めるって事は、相当ヤバいって事だから。まあ、後で平ちゃんに酒奢ってもらうから大丈夫だよ」
「えっ! どうして僕が? ・・・」
愕然とする平城を、宇古陀が豪快に笑い飛ばす。
「四方、あの地図を見て、何か妙だと思わんか? 」
つぐみの眼が、妖しい輝光を放つ。
「つぐみ、やっぱりそう思う? 」
四方はつぐみの顔を覗き込んだ。
つぐみは四方を見つめると、無言のまま頷く。
「つぐみちゃん、四方ちゃん、それってどういう事? 」
「何かを封印している」
「何かを封印している」
平城の問い掛けに、つぐみと四方が見事にハモる。
二人は徐に顔を見合わすと、得意気にニヤリと笑みを浮かべた。
「封印? ですか・・・」
南雲が眉間に皺を寄せた。
「南雲、何か心当たりでも? 」
平城が南雲を見た。
南雲は遠くを見つめるような目で視線を中空に漂わせる。
「そうだ忘れてた。確かあそこって・・・昔、妖を封印したって伝承があった」
「えっ! まじか」
宇古陀は驚きの声を上げながらも素早くリュックから小型のレコーダーを取り出すと南雲に向けた。流石プロのルポライターだけはある。
「私が小さい頃、聞いた話なんですけど・・・実は、私の生家があの公園のそばにありまして、そこに遊びに行く時は、祖母から必ずお守りを持たされたんですね。本当は行かせたくは無かったようなんですが。幼いながらも気になって、祖母にその理由を尋ねると、妖が封印されているからというんですよね。その昔、あの丘には人を襲っては肉を喰らう妖が住んでいたらしいんですが、徳の高い旅の僧侶が、法力で二度と人界には出れない様、封印したそうです。このような話は何処にでもあるようなもんですし、あの辺り一帯を再開発する際に、イメージが悪くなると思ったんでしょうか、その伝承そのものが封印されてしまい、語り継ぐ者もいなくなってしまいました。唯一、其の僧の子孫が鎮守の役をまかされています」
「成程ね・・・恐らく、その時に地名も変えたんじゃないかな」
四方は頷くと、南雲に目線をなげかけた。
「ええ。ご察しの通りです。昔は獄ヶ丘って呼ばれていました」
「四方ちゃん、ひょっとして今回の一連の騒動に関係が? 」
宇古陀が神妙な面持ちで四方を見た。
「何とも言えないけど・・・無関係とは言い切れないかも」
四方の中でも、その点を結び付けるだけの決定打には欠けるのだろう。彼女は眉を顰めると歯切れの悪い返事を宇古陀に返した。
「もう少し深掘りが必要だな。あの土地に関わる事は俺の方でも調べてみるよ。分かったら四方ちゃんに連絡入れるから」
「有難う、助かる」
平城からの協力の申し出に四方の表情が緩んだ。
「四方ちゃん、衣川さんにアポ取ってみようか。四方ちゃんが説明すれば、あの人もイベント中止を納得して受け入れてくれるかも」
宇古陀は頭をがりがり搔きながら、四方にそう申し入れた。
「そうですね。彼女とはもう一度よく話をする必要がありそうですものね」
四方の眼に、鋭い光が宿る。
「宇古陀さん、酒奢る件はこのヤマ片付いてからでいいですか? 今いるメンバーで打ち上げと言う事で」
「マジか。冗談で言ったのに」
平城の提案に、宇古陀が驚きの声を上げながらも嬉しそうに破顔した。
「え、冗談だったんですか? 」
「訂正。マジで言った事にしとく」
平城の突っ込みに宇古陀は慌てて言葉を返した。
「平城」
つぐみが深刻な表情で平城を見つめた。
「私も奢ってくれるのか? 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます