第10章 妖ノ気

「しかし、まあ・・・何なんだよこれは」

 紫条美久里は、困惑した顔つきでシャンデリアからぶら下がる喜邑の遺体を見上げた。

「よくわからないんです。彼がこうなった時、私達は別室にいたので」

 四方は申し訳なさそうに美久里に答えた。

 喜邑の身体は、シャンデリアの高さを調整する鎖が首に絡みつき、吊り下げられていた。

 普通に鎖が首に巻き付いているのなら、まだ状況は説明できるだろう。

 彼の場合、鎖は首の皮一枚下に潜り込み、何重も締め付けていたのだ。

 まるで、巨大なばねを誤飲した蛇の様なシルエットだった。

「報告書、どう書きゃいいんだあ? 」

 美久里は泣きそうな表情で頭を抱えた。

「確かに。まともに書けば物言いがつきそうですね」

 四方は同意して頷いた。

「四方ちゃんはいいよな。んで、最初に奴を襲った物の怪ってのは、本当に鬼なの? 」

 美久里が四方に尋ねる。

「ええ、姿格好は。でもあれは、まだ完全体じゃない」

「どう言う意味よ、それ」

「凄まじい殺意と怨恨を孕んだ情念の塊なんです。が、まだ肉体は持ちわせていなかった」

「変化自在ってこと? 」

「恐らく。奴は時空の壁を引き裂いてこの空間に現れましたから。今はもうここにはいませんが」

 四方は何気に周囲に目線を走らせる。

「ひょっとして、玉水や月姫と件との関係はあるの? 」

「と、思います。月姫は実際に現場を見ていないので分かりませんが、玉水の現場で感じた妖の気に似ていますね。あの時は痕跡だけでしたが」

 美久里の質問に四方は淡々と答えた。実際に鬼と対峙したのは今回が初めてだったが、玉水の屋敷に残っていた妖の気の残渣を、四方ははっきりと感じ取っていたのだ。当然つぐみもこれに気付いており、喜邑の秘書を抱き起こした時、彼女と頷き合ったのはこの事だった。

「呪いの訴状も共通しているものね」

 美久里がローテーブルに置かれた二枚の和紙に目を向けた。

「四方ちゃん、あれも持ち帰って調べようと思うんだけど、何かヤバい呪詛掛かっている? 」

「大丈夫です。ただのメッセージですから。一枚は被害者の者ですが、もう一枚は衣川さんが持参したものなので、声を掛けておいた方が良いかと」

「分かった・・・でもそう考えると、あの訴状を受け取った者が次々に怪死している中で、彼女だけは生き残っているんだな」

「ええ。でも、彼女も何者かに呪詛を掛けられているのは間違いないですね」

 四方はそう答えた。衣川達は別室で別の刑事から事情を聴取されている。唯一自由に動き回るのを許されているのは四方とつぐみで、つぐみは消え失せた鬼の痕跡を求めてマンションの中を探索中だ。捜査協力を締結している故にでの特例だった。

「四方、痕跡があった。奴はここから北東の方角に消えている」

 音一つ立てずに舞い戻って来たつぐみが、そっと四方の耳元で囁いた。

「北東? 」

「ああ、間違いない。奴は再びここに現れて喜邑を殺した後、屋上に出て方位を確かめている」

「また何故・・・」

 美久里が首を傾げる。

「恐らく、次の獲物の住処を探っていたのでは? 」

 つぐみがそう答えると、四方が徐に目を見開いた。

「ここから北東の方向って・・・咲間凪の事務所がある方角だ」

 四方が、困惑しながら呟く。

「咲間凪って、心霊写真や心スポの霊視で最近SNS界隈でも名が売れて来た新人霊能師ね。確か、元アイドルって経歴の持ち主よ」

 美久里が四方達に語った。

「確か今のマネージャーも、アイドル時代の担当の方だとか」

「流石四方ちゃん、これ位の情報は掴んでいるはよね」

「私の事務所には優秀なジャーナリストが出入りしていますから」

 四方がほくそ笑む。

「あ、そうか。宇古陀さんね」

「宇古陀さん情報では、彼女の所にも呪いの訴状が届いているらしいんです。因みに、衣川さんもその件で彼女を訪ねている」

「時間軸的にはどうなの? 」

「確か、彼を訪問する前ですね」

 四方は、警官に支えられながらゆっくりと床に降ろされていく喜邑に目線を投げ掛けた。

 彼の首に巻き付いた照明のチェーンは皮下に入り込んでいる為、外すことが出来ず、結局シャンデリア本体ごと天井から取り外す羽目になったようだ。クリスタルの装飾を背負う形で床に寝かされた彼の姿は、まさに虚構の栄光を物語っているかのようで、虚偽に塗り固められた生き様そのものの様にも見えた。

「次のターゲットは、咲間凪ってことか・・・四方ちゃん! 」

 美久里の表情が強張る。

「行きましょう。まだ間に合うかもしれません」

 四方は美久里を見つめると、静かに頷いた。


 

 

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