第8章 困惑

「四方ちゃん、これ月姫萌花の死亡現場なんだけど、どう思う? 」

 紫条美久里が四方の前に、幾つもの画像がプリントされたA4サイズのコピー用紙を広げた。

「紫条さん、これって私の様な一般人には見せちゃ駄目なやつじゃないの? 」

 四方が心配そうに彼女を見つめる。

「大丈夫、捜査協力者ってことにしてるから」

 美久里は、四方の憶測をよそに、しゃあしゃあと言い切った。

「無敵だな、みくりん」

 つぐみが呆れた口調で紫条を追撃する。

「つぐみん程じゃないよ」

 紫条はにやにや笑いながら切り返す。

「みくりん? つぐみん? いつの間にそんな関係になったの」

「内緒だ」

「内緒だ」

 きょとんとする四方に、二人は無駄に揃った息で見事にハモッた。

「四方ちゃん、そんな事よりこの写真、見立てて欲しいんだけど」

 美久里はトントンと右手の人差し指でプリントされた画像を叩く。

「在り得ない画像ですね。最初、お面が飾ってあるように見えましたよ。それも、若い女性のデスマスクが」

 四方は口元を歪めながら、画像を食い入るように見つめた。

「この一枚はね。んで、こっちがその壁の裏」

 美久里はしかめっ面でその隣の写真を指差した。

「まあ、確かに普通じゃ在り得ない」

 四方は右手を顎に添えながら唸った。

 全くもって妙な写真だった。

 一枚目は、白い壁に女性の顔が貼り付いていもので、眼は閉じらえ、苦悶に歪む表情が硬直した表皮に貼り付いている。

 もう一つは、同じく白い壁なのだが、首から上の無い、紫色のワンピースを着た女性の身体が貼り付いているのだ。

 女性の四肢はだらりと下がり、足の裏が見えている。ワンピースから覗く白い脚には、失禁した尿と便が汚水となって滴り落ちた軌跡が見える。

 つまり、彼女――月姫萌花は、壁に首を突っ込んだ状態で、絶命しているのだ。

「彼女は自宅で見つかったんだけど、家族の証言では、壁に穴なんて開いていなかったらしい」

 美久里が表情を歪めた。

「じゃあ、誰かが、わざわざ穴を開けた? 」

「それが彼女を降ろそうとした時、とんでもないことが分かったのよ」

「どんなことですか? 」

「食い込んだ首と壁に、境目が無かった」

「首が壁に同化していたんですか? 」

「いや、それが・・・穴は開いていなかった」

 美久里の言葉に四方は目を見開いた。

「え、それって」

「彼女を降ろすのに、やむなく壁をカッターで切ったんだけど、途中で壁の石膏ボード割れて首が外れたんだ。でも、そこに穴らしいものは見当たらなかった」

 美久里が眉を顰めた。

「在り得ない・・・」

 四方は首を横に振った。

「でしょ? だから困ってる。報告書にはそのまま上げたけど、案の定、上からクレームが付いた」

「それで私にこれを見せた訳? 」

 四方が眉間に皺を寄せた。

「そう。四方ちゃんならそれ、ちゃんと説明つけれるかなっと思ってさ」

 美久里は申し訳なさそうな表情で四方に手を合わせた。

「私に手を合わせても御利益はありませんよ。それにこの現象、科学的に説明するのは困難ですし」

 四方は足を組むと膝の上に手を載せた。

「この写真を見て最初に思ったのは、この前の事件に似てるなってことかな」

「やっぱり。四方ちゃんもそう思う? 」

 四方の呟きに、美久里が色めきだった。

「どちらも通るはずの無い所に首がかかっていますよね。時空を歪めない限りは不可能です」

 四方は眉毛を寄せながら答えた。その表情には何となく困惑の翳りがあり、彼女自身も正確な回答を導き出せずに苦悶している様子が見て取れた。

「だよね」

 美久里は残念そうに頷く。

「私もそう思った。でも、もしそうだとしたら、相当その手の能力に長けた者じゃないと無理だよね・・・まあ、常識的に考えたら百パーセント無理」

 美久里は項垂れると深い吐息をついた。彼女も同じ事を考えていたのだ。

「現代版のフィラデルフィア実験ですね」

 四方の呟きに美久里は頷いた。

「第二次世界大戦中にアメリカ海軍が極秘に行った、軍艦を瞬間移動させるやつでしょ。知ってる。実験後、海兵たちが軍艦と体の一部が同化してしまっていたって都市伝説だよね」

「ええ」

「あれ、本当なの? 」

 美久里が探るような目つきで四方を凝視する。

「さあどうでしょう」

 四方は微笑を浮かべながら美久里の追撃をはぐらかすと、眼を伏せながら珈琲を口に運んだ。

「みくりん、これは我々に調査を依頼するってことでよいのか? 当然費用が発生するのだが。すぐに見積書を作るから待て」

 つぐみの眼がきらりと光る。流石、カフェの店長を任されているだけあって、利益の追求には抜け目がない。

「つぐみん、ちょい待ち! 上司の許可を取ってからにするから」

 美久里は慌ててつぐみを制した。

「紫条さん、私から情報を一つ。これはサービスで」

 四方は珈琲カップをテーブルに戻すと、静かに美久里に語り掛けた。

「え、どんな情報? 」

 美久里は身を乗り出すと、四方の唇が紡ぎ出す言葉に全意識を集中させた。

「衣川詩音は、月姫萌花の所にも訪れていたんです。依頼内容は妃仙玉水と同様で、自分に憑いている呪いの除去でした。でも、途中で依頼を中断しているんです。当初の祈祷料以外にも色々と追加をされるものだから、それに腹を立てて喧嘩別れになったとか」

「マジか・・・他には? 」

「ここから先は有料です」

 四方は、攻め寄る美久里をぴしゃりと抑えると、満面に涼し気な笑みを浮かべた。






 

 



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