第7章 連鎖
「衣川詩音が来たんだって? 」
宇古陀が驚きながらソファーに腰を降ろす。
「ええ。助けてもらった御礼を言いたいからって、いらっしゃいましたよ」
四方はパソコンのキーを叩くのをやめると、椅子から立ち上がり、ソファーへと向かった。
「結構横柄な態度だったろ」
宇古陀が苦笑いを浮かべる。
「忙しい人でしたね。勝手に怒って、勝手に謝って帰って行きました」
四方は特に気にする素振りは見せずに、その日の状況を端的に語った。
「宇古陀、一体どこに雲隠れしていた? 」
つぐみがトレーに珈琲カップを載せて現れた。
「つぐみちゃん、久し振りいっ! 俺が来なかったから寂しかった? 」
つぐみから話し掛けられたものだから、宇古陀は上機嫌で身悶えする。
「それはない。こっちとしても珈琲豆の消費量と洗い物が少なくなって助かっていた」
つぐみは無表情のまま、辛辣な言霊で宇古陀を責めた。
「相変わらず言う事がきついねえ。心の奥底からぴりぴり来ちゃうねえ」
宇古陀な満面に笑みを浮かべながら、つぐみの言霊を余す事無く受け止める。
「しばらく見ないうちに、宇古陀さんの変態性はますます磨きがかかりましたね」
四方は呆れた笑みを浮かべながら珈琲を口に運んだ。
「で、宇古陀は何をしていたのだ? 美夏が心配していたぞ」
つぐみは四方の隣に腰を降ろすと、宇古陀にそう問い掛けた。
「美夏が? 珍しいな。家では俺なんかとはろくすっぽ口を利かないのに」
「寂しい父親だな」
つぐみが追い打ちをかける様に呟く。
「家にも帰らないで取材って・・・どこかヤバいとこに潜り込んでいたんですか? 」
四方が興味深げに宇古陀に問い掛けた。
「そうじゃないんだけど、仕事場を拠点に動いていたからね。それに、何か妙なものを家に連れ帰っちゃまずいと思って」
宇古陀は眉を顰めると、困惑した表情で言葉を絞り出した。
「妙なもの?」
四方が首を傾げた。
「最初に月姫萌花って霊能師を取材したんだけど、その時言われたんだ。なんか妙なものが憑いてるって。確かに最近、仕事場でやたらと家鳴りがするし、何となく方が重いんだ」
「妙なものとは、貴様の股間にぶら下がっていものか? 」
つぐみが真顔で宇古陀に問い掛けた。
四方は思わず珈琲を吹き出しそうになる。
「つぐみ、それはまずいってっ! 」
四方の反応に、つぐみは首を傾げた。
「あ、これの事ね」
宇古陀がシャツの裾を捲り上げた。
「うわっ、宇古陀さん! 何するんですかっ! 」
四方は慌てて眼を背けた。
「何って、これだよ」
宇古陀が不思議そうに四方を見た。
四方は恐る恐る宇古陀の下半身に目を向ける。
「何ですか、それ」
四方は眉間に皺を寄せた。よく見ると、宇古陀のベルトのバックルのそばに、小さな金色の鈴が二つぶら下がっている。
「魔避けの鈴だってさ。月姫萌花がくれたんだ。これを下げとけば憑りつかれるまではいかないらしい」
「宇古陀さん、其の鈴、まずいよ」
四方が真顔で宇古陀に忠告した。
「え、まずいって? 」
宇古陀の顔に不安の翳りが浮かぶ。
「宇古陀さんには元々何もついていないよ、守護霊が馬鹿強い御方だから。其の鈴は魔を呼ぶ鈴だよ。宇古陀さんを守っている力を弱めて、闇に潜む魔を寄せ付ける呪詛が込められている」
「まさかそんな・・・」
「本当よ。第一、最初にその霊能師が宇古陀さんに言った言葉だって呪詛みたいなものだし」
「え、変な呪文みたいなのは言われてないけど」
宇古陀が記憶を手繰るかのように視線を中空に泳がせる。
「妙なものが憑いている――その言葉が呪詛よ。そうやって相手を不安がらせて負の領域に思考を引っ張り込むの。メンタルの弱い人間だったら、それだけで体調崩したりするから」
「マジかよ」
宇古陀は慌ててベルトを緩めると鈴を外した。
「奴らはここまでは上がってこれないからいいけど、結構な数の浮遊霊が、さっきからビルの前に漂っている。多分、その鈴に引き寄せられたんだね」
四方は宇古陀が外してテーブルの上に置いた鈴に手をかざす。
刹那、ぴしっと言う無機質な不協和音と共に、鈴は大きく潰れた。
「これで良し。あ、外の連中は勝手にいなくなるから大丈夫です」
「なんてこった・・・あの霊能師、何考えてんだ? 」
宇古陀は怒り心頭の素振りで苛立たしくぼやき倒した。
「何か心当たりはありませんか? しつこく取材したとか」
四方が澄んだ眼で宇古陀を見た。
「特に無いんだよねえ。今回の取材はどちらかというと、彼女を持ち上げる的な糞面白くない内容だったし、あ、そう言えば・・・何か変な手紙が来たって言ってたな」
「変な手紙? 」
遠くを見つめるような目で記憶をたどる宇古陀を、四方が訝し気に見つめた。
「半紙に『呪』と一言だけ書かれているんだと。それも、一回や二回じゃなく、ほぼ毎週。週末になるといつの間にかポストに入っているらしい」
「それって、前にも聞いた事がある話だな」
つぐみが唸った。
「衣川詩音の時と似ていますね」
四方の眼が輝く。
「確かに、そう言われてみればそうだな」
宇古陀は顔を顰めると、徐に目を見開いた。
「ひょっとして、俺、あの霊能師にの身代わりにさせられかけてたって訳? 」
「恐らく」
四方は短く答える。
「とんでもねえ話だ」
「霊能師としてあるまじき行為です。自分への呪いを回避する為に、全くの他人を贄に差し出すなんて」
四方は、静かにそう答えた。落ち着いた言葉を紡ぎだしてはいるものの、眼は全く笑ってはいない。
「四方ちゃんがこいつをぶっ壊したから、俺の周りにいた奴らは、皆、月姫んとこに戻るんだろうな。いい気味だ」
宇古陀は、ふんと鼻で笑った。
「多分それは無いでしょう。宇古陀さんにくっついてきた奴はただの興味本位で憑いてきた連中ばかりだから、めいめい好き勝手に消えていきますよ。それに、私が見る限りでは悪意を抱いている輩はいなかった」
「本当? 」
宇古陀はほっとしたような、それでいて残念そうな顔つきで四方を見た。
「その霊能師が本当に何者かに呪われているとしたら、残念ですが、その思念はまだ彼女に憑りついたままですね。あ、ひょっとして宇古陀さん、その霊能師にまた来るように言われませんでした? 」
「言われた。実は今日これから行くつもりなんだけど、先に四方ちゃんに何が憑いているのか見てもらおうと思ってさ」
「宇古陀は其の霊能師を疑っているのか? 」
つぐみは目を細めた。
「まあね。あの御方は、訪れた客に何だかんだ言っては高額のグッズを売りつけるので有名でね。表にゃ出てこないけど、結構トラブルやらかしてるからな」
「その御守りも吹っ掛けられたやつなんですか? 」
四方がテーブル上に転がる鈴のなれの果てに冷ややかな視線を投げる。
「いや、それがね、珍しい事にただでくれたんだ。でも、四方ちゃんに教えてもらって奴の魂胆が分かったよ。ちゃんと裏があった訳だ。いやあ、ただより高いもんは無いねえ」
宇古陀は忌々し気に吐き出すと、眉間に皺を寄せた。
「今日、その霊能師の所に行けば、一旦もろもろの輩を払ってくれるでしょう。でも、その後に、恐らくは本命の呪いを肩代わりさせられますよ。霊的な守備力を弱らせた上で、信用までさせておいてからね」
四方はそう言うと、カップを口に運んだ。
「うわあああっ! すっきりしねえっ! 今日、月姫のとこに行くのやめとくよ」
宇古陀は渋面を浮かべると頭を抱えた。
「あ、やっぱりここにいた」
事務所のドアが開き、利発そうな女性が飛び込んで来る。デニムのパンツにベージュのカットソー。背中には大きめの黒いリュックをしょっている。
宇古陀の娘、美夏だ。
「オーナー、店長おはようございます! 」
「おはようございます。珍しいな、美夏ちゃんがこっちに顔を出すなんて」
四方が微笑みながら彼女を迎えた。
「おはよ。あれ、美夏ちゃん今日はお休みでは? 」
つぐみが首を傾げる。
「はい、これから学校です。でもその前に父に用があって」
「用って何? 」
宇古陀が訝し気に振り向く。
「お父さん、お願いがあるんだけど・・・今度のイベントでやる怪談のチケット持ってない? 」
美夏が宇古陀に手を合わせながら話し掛けた。
「少しならあるけど」
「良かった! ちょっと友達に頼まれてさあ、悪いけど二枚頂戴。友達がネットで予約しようとしたら即完売したんだって」
美夏が安堵の表情をを浮かべる。
「ほい、二枚」
宇古陀は自分のバックからチケットを取り出すと美夏に手渡した。
「サンキュ! 」
「で、いくらで転売するの? 」
「どき」
「ちゃんと前売りの価格にしておけ」
「あーい」
宇古陀に見抜かれてか、美夏はばつが悪そうにうすら笑いを浮かべた。
「美夏ちゃん、お父さんの怪談って、そんなに人気があるの? 」
四方が驚きの表情を浮かべながら美夏に尋ねた。
「そうなんですよ。びっくりです。『知り合いのYさんシリーズ』が人気で」
「知り合いのYさんって・・・ひょっとして私? 」
四方が怪訝な顔つきで宇古陀を見る。
「あ、ははははは・・・」
今度は宇古陀がばつが悪そうに頭を搔いた。
「宇古陀から協力費を貰わなければならんな」
つぐみがにやりと口角を上げた。
「え、ちょっと待ってよう。毎日珈琲飲みに来るからさ」
宇古陀は困惑しながらつぐみに懇願した。
「今もほぼ毎日来てるだろ。それにいつも店には来ず、ここでただ飲みしていくではないか」
「うーん、確かに」
つぐみの容赦の無い突っ込みに、宇古陀はたじたじとなって苦笑を浮かべた。
「まあ、いいですけど。時々仕事を紹介して貰っているし。それでチャラと言う事で」
四方はそう言うと、笑いながら頷いた。
「美夏、時間があるのなら珈琲飲んでいきな。これから入れるから」
「有難うございます。あ、手伝います」
つぐみが席を立つと、その後ろを美夏が追いかける。
「そうだ、月姫に行けなくなったと連絡をしておかないと・・・ん? 」
ポケットから携帯を取り出し、画面を見た刹那、宇古陀の表情が凝固した。
神妙な面持ちで、携帯を食い入るように見つめる
「どうかしたんですか? 」
彼の異常な素振りに、四方は訝し気な表情を浮かべた。
宇古陀は蒼褪めた表情で生唾を呑み込むと、緊張の余りに貼り付いた唇を無理矢理引き離しながら言葉を紡いだ。
「四方ちゃん、大変だ・・・月姫萌花が死んだ」
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