第5章 鬼気
「四方ちゃんが絡む事件って、訳分かんねえのばっかだよね」
紫条美久里は顔を顰めると、四方の耳元で囁いた。彼女は均整の取れた体躯に濃紺のパンツスーツと白いブラウスを纏い、ショートヘヤーにノーメイクといった素朴ないで立ちだが、誰もが振り向く美貌の持ち主だった。
ただ、その風貌からは想像出来無いのだが、数々の武術を習得した猛者であり、まさにヒューマンウェポンのような人物なのだ。
幸いにも、彼女は刑事で、その技を身をもって受けるのは、法を犯した者だけである。
四方が探偵といいながらも異色な仕事に直面する事が多く、当然とはいえ事件現場に出くわすことも多々あるためか、必然的に顔馴染みになっていた。
歳が近いのと四方の人柄にもよるのだろう。裏で互いに情報のやり取りをする仲でもある。
燦燦と降り注ぐ太陽の光が、何となく味気ない。
四方はじっと屋敷を見つめた。
屋敷の中は鑑識と刑事が現場検証の真っ最中で、四方達は一旦屋敷の外に集められて事情聴取を受けていた。
「紫条さんが担当で助かったよ。私も色々と説明しやすいし」
「私、ほぼ四方ちゃん担当みたいなもんだよ。まあ、いいけどさ」
美久里は苦笑を浮かべた。
「でも、第一発見者が四方ちゃん達で良かったよ。被害者のお弟子さん達も、魂を半分持っていかれかけてたからね」
警察官らしからぬ発言だが、四方は黙って頷いた。
彼女には分かるのだ。
現実的な表向きの捜査では反映し辛い事実を嗅ぎ分ける力を、彼女は体得していた。
彼女が四方絡みの事件を任されるのは、そういった意味では適任なのだろう。
美久里が間に立ってくれるお陰で、四方も捜査協力といった形で、規制線の中に立ち入ることも許されたりするのだった。
持ちつ持たれつの関係と言ったところか。
「今回のヤマ、自殺か他殺かも判断しかねますね」
四方は淡々と語った。
自殺だとしても、あの場所に首を掛けるなら踏み台がいる。だが、現場にはそれらしいものはなかった。誰かが、自殺を隠ぺいするために、踏み台を隠したのか。
弟子が、玉水の名誉と尊厳を守るために?
でも、彼女が自ら命を絶つ理由などあったのだろうか。メディアに出演し、著書も多数で全てベストセラーになる快挙を成し遂げている彼女に、そんな要素など微塵も無かった。
じゃあ、何者かに拘束され、吊るされたのか。
現場検証で、それすら不可能である事が明るみになった。
玉水が首を吊っていた欄間の隙間は、首が通るのもやっとだと判明したのだ。
つまり、頭から突っ込んで首を掛けるのは不可能なのだ。ましてや、脚からだと尚更の事。
現実的に不可能な事実が浮き彫りになり、刑事達は頭を抱えているのだ。
「まあね。私達目線では、明らかに他殺――それも呪殺に近いと思うんだけど、表向きの捜査じゃ決定打に掛けるものね」
美久里は眉間に皺を寄せ、眉を顰めた。
「現場の状況じゃ、何とも言えないでしょうしね」
「後は、衣川詩音と玉水の弟子達が目を覚ましてどんな証言をするかだけど・・・あ、宇古陀さん、これ記事に書いちゃ駄目だよ」
いつの間にか二人の背後に忍び寄り、耳を澄ませている宇古陀に美久里が一矢報いる。
「分かってますよ。玉水は裏で政治家と繋がってるからね。下手に探ると、命が幾つあっても足りないから。あの政治家達が裏で輩を飼いならしているは有名だからね。都合が悪い事が起きようものなら、輩を野に放って始末させるんだよな。例えば――」
宇古陀は誰もが知っている表向きはクリーンなイメージの政治家の名をすらすらと宣った。
「宇古陀さん、それ以上行った駄目! 警察関係者の末端にも息のかかっている奴がいるから」
美久里が慌てて宇古陀を静止する。
「ほう、それは初耳だ」
宇古陀がにんまりと笑みを浮かべる。
「ったく。宇古陀さんは油断ならない」
美久里は困惑に表情を歪めながら腕を組んだ。
「警察の上層部と繋がっているのは有名だけど、末端とも繋がっているとはね」
宇古陀が感慨深げに呟く。
「法的なもみ消しは上から圧力を掛ければいい。でも、現場での処理に困る事も出て来るでしょ。輩どもにも依頼出来ない様な事案がね。輩達も反対に依頼人を脅す事位は考えられる。そうなった時の消去役が必要でしょ? 」
美久里は、開き直ったかのように、ピー音で消去しなければ垢BANされてしまいそうな発言を怒涛の如く語り尽くした。
「と、まあ、これは私の個人的見解だけど」
流石にやばいと思ったのか、美久里はそう一言付け加えた。
「あくまでもフィクション、ということね」
四方は苦笑を浮かべた。
「四方さん、所々に結界の痕跡がありますね。それも、何重にも張り巡らせてあったようです」
屋敷をじっと見つめていた鴨川が、四方にそっと報告した。
「つぐみと一緒に屋敷の周りを見て来たけど、邪念は完璧に消え失せていたな。俺達が、あの祈祷所みたいな部屋に向かった時は、奴はまだそこにいたんだが・・・」
不意に現れた石動が、真面目な表情でそう四方に語った。
「二人して屋根の上を駆けまわっていたのは、それを調べていたのか・・・まあ、他の捜査員達には見えないからいいけど」
美久里が苦虫を噛み潰したような表情でぶつぶつ呟いた。
事実、石動とつぐみは音一つ立てずに高速走行できる。常人ならその動きを捉える事は出来ない。
だが、美久里にはそれが見えていたようだ。
「皆さんにお聞きしたいんですけど、ぶっちゃけあの場所には、何がいたんでしょうか」
美久里は、恐る恐る四方達に問い掛けた。と、彼らは口を揃えて一斉に答えを声に綴った。
「鬼、ですね」
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