第3章 捜索
未央の話では、衣川詩音と連絡が取れなくなったのは、丁度一週間前だという。
衣川詩音は新鋭のAT企業の代表取締役で、今回のイベントの主催者でもあった。
彼女は未央の二年先輩で、高校、大学を通じて交流があり、その縁で今回の仕事を任せてもらったとの事だった。
「彼女は結構ワンマンで気分屋な所もあって、何か気に入らない事があると雲隠れしちゃうんです。大体は二、三日たったらけろっとした顔で何事も無かったかのように出社するので、従業員も慣れっこになってたんですけど」
未央は眉を顰めた。
「それが、今回は期間が長過ぎると・・・今回の雲隠れの原因は分かっているんですか? 」
四方が、未央に問い掛けた。彼女の澄んだ瞳が未央を真っ直ぐに捉える。漆黒の深淵を湛えた瞳の奥に、研ぎ澄まされた輝きが宿っている。
未央は戦慄を覚えた。四方の瞳に宿るその輝きには、見据えた人の心の奥までもを突き抜ける鋭利な刃の様な、無上の力を秘められているのを本能的に感じ取っていた。
この人の前では、誤魔化しは出来ない――未央はそう悟った。
「実は、彼女、誰かに呪いを掛けられていると思い込んでいるんです」
未央は意を決すると、緊張に貼り付いた唇を引き剥がすように、ゆっくりと口を開いた。
衣川詩音はユニークな発想とそれを即実行に移す行動力を武器に会社を大きくした実力者だ。父親が教育委員会の重鎮で、母が弁護士という経済的にも裕福な家庭環境で、両親共に娘を溺愛しており、本人の望むものは与え、好き放題させて育てたらしい。おまけに彼女の祖父母は建築、土木、飲食関係など幾つもの事業を手掛けており、彼女が会社を設立した際には、莫大な資金援助を受けている。
それ故に性格は自分勝手で気分屋でプライドが高く、それでも仕事面では実力が認められて世間の評価が高い為、影では結構敵を作っているらしい。
「従業員の中でも意見が対立すると何かしら理由をつけて解雇にしたり、中には精神的に追いやって自主的に辞めるように仕向けたりするらしいんです」
「胸糞な話ですね」
鴨川が険しい顔で憮然と呟いた。
「誰がどう思おうと、今までの彼女なら全く気にしていなかったのですが、今回は違ったようなんです」
「彼女を追い込むような事が起きたのですか? 」
「はい。最初は、彼女のマンションのポストに血文字で『呪』と一文字だけ書かれた紙が投函されていました。その時は、特に何も思わなかったそうなんですが、次の日には彼女の車のボンネットの上に、体を切り裂かれて血まみれになった烏の死体が放置されていたんです。翌日には彼女の部屋の前、またその翌日には彼女の部屋のベランダに同じものが落ちていました」
「防犯カメラに犯人の姿は写っていなかったのですか? 」
四方の問い掛けに、未央は眉を顰め乍ら首を横に振った。
「烏の死骸が画面に現れる寸前、何故か映像が乱れて何も映っていなくて。ただ、他のカメラの映像を確認しても、それぞれの現場に向かう不審者の姿は一人も映ってはいなかったそうです」
「そう、なんですか」
四方は顎に右手を添えると、静かに頷いた。
「極め付きなのは、またその次の日に起きました。彼女が朝、目覚めて窓のカーテンを開けたら、窓ガラスに血文字で大きく『殺』と書かれていたんです。白いカーテンも血で汚れており、何気に自分の手を見ると、血で真っ赤に染まっていたんです。彼女は何か違和感を感じて、ふと自分のベッドに目線を向けました。すると、さっきまで自分が寝ていた枕の上に烏の死骸が置かれ、ナイフが深々と突き刺してあったんです。その直後、彼女は私に助けを求める電話を掛けてきました。」
「警察には、連絡したんですか? 」
「していません、彼女が『警察に話した所で無駄だから』と言うので。最初の件で警察が余り親身に対応してくれなかったからだと思います」
「じゃあ、其の異常な置き土産は、上月さんも見たのですね。その時、彼女は取り乱していましたか? 」
「呆然自失としていました。駆け付けた時、幾ら彼女を呼んでもドアを開ける気配はなかった。それで、管理人さんに連絡して鍵を開けてもらい、彼女の部屋に飛び込んだんです。入室すると、彼女はベッドの傍らに座り込んでいました。失禁しちゃったらしく、漏らした尿の水溜まりの中にへたり込んだまま、ガタガタと震えていましたね。彼女は私の顔を見ると、すぐにお祓い出来る霊能者を紹介するようにと命じてきました。そこで私は、以前仕事で顔を合わせた事のある霊能者を彼女に紹介したんです。それから暫くしてでした。彼女との連絡が途絶えてしまったのは」
未央は語り終えると、大きく吐息をついた。
額には脂汗が浮かんでいる。彼女が衣川詩音の部屋で見た光景は、恐らく彼女自身もラウマになる位、衝撃的なものだったに違いなかった。
「その、霊能者って何と言う方なんですか? 」
四方は未央の心理状態と疲労度を見据えながらも、静かに問い掛けた。
「妃仙玉水さんです」
未央は閉ざした唇を再び開くと、苦し気に言葉を綴った。
「行きましょう」
四方がすっくと席を立った。
「え、行くってどこに? 」
宇古陀が四方に問い掛けた。
「その霊能者の所へです。上月さん、その霊能者の住所を教えてください」
「あ、はい! でも、どうして? 」
困惑する未央を、四方が見据えた。
「今度は、その方の命が危ないんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます