第44話

 俊作は和磨に報告していた。

「現在、VR摘出手術を開始。残念ながら、ジャオとハーは屋外へ逃亡。取り逃がしてしまいました」「村田さんとスティーブさんは、今さっき屋上へと昇っていきました。ちなみに、希望さんは、未だ発見できていません」


 ネオ・クーロン城の中では、階上から階下まで、ほぼ全ての場所で、中国軍と海自の合同部隊とテロリストとの攻防が行われていた。

 小銃やマシンガンの激しい音が聞こえていたし、壁や天井には、おびただしい数の銃痕ができていた。

 彼らは、お互いに階段や廊下の角に身を隠しながら、銃を撃ちまくっていた。


 銃撃戦は、顧客のテロリストたちの閉じ込められているエリアにも及んだ。

 しかし、その頃、彼らが収容されている部屋の扉は「ドーン」「ドーン」と中からぶつかる大きな衝撃音がひっきりなしに轟いていた。よく聞けば、中の方からは咆哮らしき声が聞こえていたのだが、銃を撃ちまくっているテロリストにも兵士の中にも、それに気がつくものはいなかった。

 そのエリアに村田とスティーブが上がって来た。

「何だ、ここは……?」

 すると、次の瞬間、ドアが打ち破られて、背中をピンクに激しく光らせる御神乱が飛び出してきた。

「うわっ! 御神乱だ。逃げよう!」

 二人は、全速力で階上へと逃げて行った。


 希望とワンは希望の部屋にいた。希望は自分のベッドの上でひとしきり泣いていたのだった。

「外が騒がしくなってきたみたいだな」ワンが言った。「なあ、二人でどこか遠くに行って、そこで静かに暮らさないか? そういうのが選択肢にあっても良いだろう? 何も、死に場所を探すことだけが全てじゃないだろう?」

「……」

「考え方次第だよ。……な」


 拉致されていたウイグルたちは、次々と前頭葉からの開頭手術を受けてVRシステムを外されていた。

 真太たちがそれを見守っていた。リウとアディルは、何やらウイグル語でしきりに話し込んでいた。

「上手くいってますか?」俊作が医者たちに尋ねた。

「外すのは、外してますが、はたしてそれで効果があるのかどうかは分かりませんね。どのみち、この人たち、怒ると巨大化して白御神乱になるのには変わりないですから」手術している医者の一人が答えた。

「大丈夫、怒らないようにチェン主席に謝ってもらいますから」リウが、そう言った。

「ああ、そうでしたね」俊作が言った。

「この手術、香港市内で眠っている御神乱たちに施すことってできないもんなのですか?」真太が医師に尋ねた。

「それは、無理だと思います。巨大化した御神乱は、前頭葉の奥深くまでVR装置が入り込んでしまっています。いくら寝ているとはいえ、彼らの巨大な頭を開頭して取り出すのは不可能です」

「そうなんですね」

「ですから、VR系の御神乱というのは、一度、御神乱にメタモルフォーゼしてしまったら、結局は、カームダウンモードでなければ、元に戻すことはできなかったんです」


 希望とワンは部屋を出た。そうして、身を隠しながら、ネオ・クーロン内の逃げ道を探していた。

 あちこちで、テロリストたちと中国軍や海自との銃撃が繰り広げられていた。銃声のしないところを探すのに苦労するほどだった。彼らは、何とかして外への脱出経路を模索していた。

 二人が人気の無い廊下に出たとき、角からふいに女性が現れた。それはマギーだった。

「あっ」希望とマギーが同時に小さく声をあげた。

「メイリン……」ワンが言った。


 眠っているウイグル人たちは、VR装置の抽出作業が終了した者から、次々と担架に乗せられて地下の潜水艦の方へと運び出されていた。

「飯島さん、津村さん、こっちはもう大丈夫ですので、あなたたちも屋上へ向かって下さい。私たちは、この人たちと潜水艦で、とりあえず日本に向かいますので」リウが言った。

「分かりました。では、あとはよろしくお願いします」そう言うと、真太と俊作は階段を屋上へと昇っていった。

 俊作より和磨へ報告がなされた。

「和磨さん、俊作です。拉致されていたウイグル人は、全員海自潜水艦へ収容できました。リウさん、アディルさん、リズワンさんはそちらの方に乗り込んでいます。希望さんは、まだ発見できていません」


 階段を上の階へと登っていく真太と俊作。階段の途中や各階の廊下には、テロリストの死体が放置されたままになっていた。彼らの血が廊下を染め、階段には血が滴っていた。二人は、血のりに足を取られないよう、気をつけながら上を目指した。

 二人がかなり上の方まで上がって来た時だった。そこには、まだあまり銃撃の痕跡の無い廊下があった。ただ、廊下には、テロリストの遺体らしきものが一体だけ転がっていた。遺体は、全身が血まみれであり、銃撃による遺体とは、明らかに違っていた。

「何だろう?」真太が言った。

「どこかで、何度も見たことのあるような死体ですね」俊作が言った。

「御神乱だ」真太が言った。

「あ……。じゃあ、この辺に御神乱が……」

 その階の様子をよく見てみると、一つの部屋のドアが破壊されて開いており、その他のドアも、内側から激しく叩きつけられる音とともに膨れ上がっていた。

 そのとき、廊下の向こうから二人に声をかける者がいた。

「御神乱だ。気をつけろ!」海自の隊員だった。

 次の瞬間、俊作の近くのドアが「バーン」という破裂音とともに破壊されて、背中を青く光らせた御神乱が飛び出して来た。

「うわーっ!」俊作が大声を出した。

 海自の隊員が走り寄って来て、所持していたバズーカを御神乱の頭に向けて発射した。

「ズガーン!」

 御神乱の頭が吹き飛び、その血潮はネオ・クーロンの天井を染め、血の雨が天井からしたたり落ちていた。

「まだ、御神乱はこの辺りにいると思いますし、残ったドアが打ち破られるのも時間の問題だと思います」隊員がそう言った。

「ありがとうございます」真太が言った。

「自分は、もう下に降りて潜水艦に戻りますので、上に行かれるのであれば、気を付けてください」

「分かりました」

「ああ、それと、念の為にこれを持っていてください」

 そう言うと、海自の隊員は、手にしていたバズーカを真太に渡した後、下の方へと降りていった。

「俊作より和磨さんへ。私と飯島さんは、現在、屋上を目指していますが、ここに集められていた世界中のテロリストたちが、どいつもこいつも御神乱化してて、なかなか上に行けない状態です」「それで、希望さんもいまだ発見できていず、潜水艦の速度より逆算すると、ネオ・クーロンを離れるために要する時間の余裕は、もうあまりないと思います」


 マギーは、希望とワンに遭遇していた。

「希望さん、いっしょに屋上へ……」

「……」無言で首を振る希望。

「そうなのね。ワンの赤ちゃんがいるものね」マギーが言った。

「メイリン、私と希望のことは、見逃してくれないかな。もう二人でだれにも迷惑をかけないようにして静かに暮らしたいんだ」ワンがマギーに言った。

「メイリン……? 誰にも迷惑をかけないで……?」マギーが心の中から湧き上がってくる怒りを抑えきれないない感じで言った。「あなた、まだ気がついてないの?」

「え?」

「私は、妹のメイリンじゃないわ。シーハンよ。あなたの恋人だったホン・シーハンよ!」マギーはそう言うと、ポケットからピストルを取り出して言った。

「シーハン?」ワンはそう言ったが、マギーはそんな言葉に耳を貸すことなく、

「この裏切者!」そう言って、ワンの頭を躊躇なく撃ちぬいた。

 廊下に倒れるワン。その横でわなわなと立ち尽くすだけの希望。

 しかし、我に返った希望は、振り返り、廊下の向こう側へと走りだした。マギーの眼からは、とめどもなく涙があふれ出した。

 その光景を、ちょうど駆けつけて来たサンディが見ていた。

「マギーさん……」

 希望は、廊下の奥のドアの方へと走っていた。そのドアの外側には、屋上の給水塔に続く梯子があった。

「希望さん!」サンディが声をかけた。

「マギー、彼女を追いましょう」


「二体の巨大な御神乱が南シナ海を東へ進行しているのを衛星で確認しました。白ではなく青と赤です」

 アメリカのNSAから堺市の日本政府に情報がもたらされた。

「ありがとうございます。こちらでも確認できました」

 この情報は、すぐに和磨に知らされた。

「井上大臣、南シナ海を青と赤の二体の御神乱が東へ進行中。目的地は香港だと思われます」

「中島さんの報告と一致するな。それは、芹沢博士と奥さんだ。そう言えば、中島さんは、まだこっちへ帰って来てないのか?」

「それが、何でも香港の方へ戻ってるみたいでして……」

「ええ、何だって!」


 真理亜の乗ったオスプレイが香港市の上空にさしかかった。

 眼下に広がる摩天楼の都市。しかし、そこは既に人っ子一人いないゴーストタウンと化していた。

 そして、いまだに、都市の周囲には、そこを護るように二十体の白御神乱が眠っていた。


 ネオ・クーロン内では、まだ排除しきれていない残党が抵抗を試みていた。

 館内のあちこちにテロリストと中国軍兵士、海自隊員の死体が転がっていた。

 そしてまた、あちらこちらには、拉致されていたテロリストが御神乱となって暴れまわっており、非常に危険な状態になっていた。

 中国軍兵士が上層部と連絡を取っていた。

「はい……。芹澤希望とワンは、残念ながらまだ発見できていません。ハーとジャオは逃亡を許してしまいましたが、テロリストはほぼ排除しました。ウイグル人たちは、日本の海自が潜水艦に収容しており、いつでも出港できる状態です。なお、世界各地から呼び出されて拉致されていたテロリストたちですが、もはや御神乱化して館内を暴れまわっており、手がつけられません」

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