第43話
村田とスティーブが一階の搬入口奥に到達したとき、そこは、外からの攻撃から護るテロリストたちで雑然としていた。
すると、彼ら二人の隠れている大きな柱のすぐそばにあるエレベーターが開いて、大きな荷物を持ったジャオとハーが現れた。彼らは何とかして、テロリストたちの目に触れることなく外に出て行こうとしているらしく、おどおどとした様子で、どこかに身を隠そうとしていた。
スティーブと村田が二人に銃を突きつけ、スティーブがハーの背後から声をかけた。
「ハー」
声の方を向いて、ギョッとしたハー。
「社長!」
「御神乱が暴走する前に逃げるつもりか」スティーブが言った。
「でかい荷物だな。それじゃあ、人目につくだろう?」村田が言った。
「……」黙ったままのハー。
「お前をここへ送り込んだのは私だが、一体、その後何があったんだ?」スティーブがハーに尋ねた。
「俺はな……」ハーが話しはじめた。
「俺は、あんたとは違うんだ。政治的信条とか信念なんてものは持たない。俺の中で最優先されるのは、常に科学と金だ。それだけが、俺に問っちゃ真理なんだよ。だから、ここへ来て、ジャオのウイルスと俺のVRが完成したとき、これは金になると思った。それで設けない手はないと思った。いや、そんなレベルの話ではなくなった。上手く使えば世界征服も可能だと思ったよ。そこで、その計画にジャオを巻き込んだんだ」
「なるほど」村田が言った。
「ところが、この計画は希望に感づかれてた。彼女は、俺たちに接近してきたんだ。それを、俺たちは、彼女が俺たちの計画に乗ったものだと思っていたんだ。つい、最近までな」
「つい最近?」
「ああ。でも、それは違っていた。彼女の方が俺たちの計画を利用していたんだ。ワンと希望の計画は別のところにあった。奴らの計画は、俺たちも含め、世界中のテロリストをここに集めて、そこに太宇を衝突させて一網打尽にすることだった」
「そうか。悪いが、お前たちをここから出すわけにはいかない。俺たちの仕事が終わるまで、少しここでじっとしといてもらう」村田が言った。
そうこうしているうちに、俊作、リウ、シュングァンに和磨からのメールが入った。
「和磨さんからです。突入開始だそうです」
地下のドッグに注水が開始され、その後、次第に門が開いていく。
すると、海中に三体の大きな潜水艦がゆっくりと侵入して来た。
それは、次々に浮上し、その巨体を表した。
ハッチが開き、中からは海自の隊員がぞくぞくと出現した。
「日本の津村と飯島でーす」「こちらでーす」
俊作と真太が上の階へと伸びた鉄製の階段を駆け上がり、現れた海自隊員を上の階へと案内していく。
「ガーン」「ガーン」
一階の搬入口に、装甲車の激突する音がした。テロリストたちが、一斉に銃を身構えた。
「来た! 今だ」「私が開扉に行きますので、スティーブさんは、この二人を見張っていてください」村田が言った。
「分かりました」
村田は、自動小銃を乱射しながら、混乱しているテロリストの中に飛び込んでいき、大きなシャッターの横にある操作パネルに行き着いた。そして、すばやく開扉ボタンを押した。
村田の存在に気がついたテロリストが、村田に向けて自動小銃を撃ちまくる。村田は、操作パネルのある柱のくぼみに身を隠して応戦した。
シャッターが上がり、それが半ば開いたところで、もはや待てないとばかりに軍隊を乗せた装甲車三台が中に突っ込んできた。
「撃て! 撃て! 撃ちまくれ!」テロリストたちが叫んだ。
銃撃戦が始まった。装甲車から出て来た兵士たちは、テロリストたちにマシンガンを撃ちまくった。村田もそれに加わり銃を撃ちまくる。テロリストたちも銃を撃ちまくって応戦した。
「テロリストを一掃しろ! 手加減は無用だ!」突入部隊の隊長らしき男が叫んだ。
突入部隊の撃っていた流れ弾が、奥で身を潜めていたスティーブの肩をかすめた。
「いたっ! しまった」
スティーブがそう言い、二人に突きつけていた彼の銃口がハーたちの背中からはずれた。
その混乱に乗じ、ジャオとハーが飛び出して行った。
「あーっ!」スティーブが叫んだ。
二人は、大きな荷物を盾に、銃弾をかいくぐりながら、搬出口を出て装甲車の方に突進していく。二人も自動小銃を携えており、ときに応戦しながら、ぽっかりと空いた搬入口へ進もうとしている。
「あっ、ハー教授、ジャオ教授!」
「どこに行かれるんです?」
「おい! ジャオさんとハーさんが軍に身を挺して突入しようとしてるぞ!」
「おい、二人を護衛しろ!」
二人に気付いたテロリストが護衛しようとする。
しかし、中国軍は、テロリストたちを次々に撃ち殺しながら、突入してきた。
やがて、搬入口に集まっていたテロリストたちは、皆殺しにされた。
そのとき、ジャーとハーは、持っていた大きな荷物で上半身を被った状態で、出口のそばで死んだふりをしていた。
サンディは、マギーを迎えに最上階に行った。しかし、マギーはそこに既にいなかった。
「マギーがいないわ……」サンディがそうつぶやいた。
サンディは、仕方なく最上階辺りをうろうろとし始めた。
屋上のドアを開け、ドアの隙間から屋上を覗き込んでいるシュングァン。屋上にも、自動小銃を携えた数名のテロリストがいたのだ。彼は、降りてくる兵士たちを待つ待っていた。
すると、バラバタとヘリの爆音がネオ・クーロンの空に轟き始め、やがて上空に中国軍の大型ヘリが現れた。
「撃て! 撃て!」
テロリストの携えた銃が、上空に向かって撃ち放たれた。
しかし、そのようなこざかしい弾は軽くはじき返しながら、その大型ヘリは屋上へと舞い降りてきた。
そして、ハッチが開き、兵士たちがぞろぞろとヘリから降りてきて、テロリストとの銃撃戦が始まった。
ほぼ、屋上のテロリストが排除されたとき、屋上のドアからシュングァンが出てきて叫んだ。
「こちらでーす! シュングァンでーす!」大声で叫び、誘導するシュングァン。
シュングァンは、扉から兵士たちを中へと導き入れた。
真太と俊作と海自の隊員が地下の狭い鉄製の階段とそれに続くコンクリートの階段を昇ると、すぐにテロリストに出くわした。
海自の隊員は、躊躇無しに小銃をテロリストに放ち、彼らを排除し始めた。
テロリストたちも、あちこちから集結してきて、ちょっとした銃撃戦になった。
それでも、俊作たちはリウのもとへと急いだ。
リウが身体を潜めて待っているところにも二名ほどのテロリストがいた。
海自の姿を認めたリウは、角から身体を乗り出して、姿を表してしまった。それに気づいたテロリストがリウの腕を引っ張って引き寄せ、銃口を頭に突きつけてしまった。
「あっ! リウさん」俊作が声をあげた。
しかし、次の瞬間、海自の自動小銃がテロリストの頭をぶち抜いた。
「大丈夫ですか? リウさん」真太が言った。
世界が自衛隊と人民解放軍によるネオ・クーロン突入のニュースを一斉に伝えていた。
「只今入って来たニュースです。香港でテロリストたちが占拠していた、いわゆるネオ・クーロンですが、先ほど、中国の人民解放軍と日本の自衛隊の合同部隊が、陸・海・空の三方向から突入した模様です。現在、中では、兵士たちとテロリストの銃撃戦が行われているみたいで、捕われて人々の一刻も早い解放が待ち望まれています」
一階搬入口での攻防が一段落した頃、突入部隊の隊長らしき男が村田に声をかけた。
「CIAの村田さんですね」
「はい。あそこにいるのは、スティーブ・リーです」
「了解しました。芹澤希望の所在は?」
「それが、まだ見つかっていません」
「そうですか、では、我々を上に案内して下さい」
「了解しました。こちらです」
村田とスティーブは、部隊を階段の方へと案内していった。
そのとき、搬入口の方でガサゴソと音がした。その方向を見ると、ジャオとハーが起き上がり、止めてあった装甲車の方へ走りだした。
「あ、おい!」村田が言った。
しかし、村田たちが気付いたときは既に遅く、二人は装甲車に乗り込んで、それをバックさせ、全速力でネオ・クーロンから走り去って行った。
「放っておきましょう。それより、まずは、ウイグルの人たちの留置場へ案内して下さい」
「分かりました」
「この二人がウイグル語を通訳しますので」
隊長がそう言うと、二人の男女が出て来た。アディルとリズワンだった。
「では、案内して下さい」
ウイグル人たちが捕えられている下層階の留置所に村田たちが到着すると、そこには既にリウ、俊作、真太と日本の海自の隊員たちがいた。
「あ、アディルさん、リズワンさん」リウが二人の姿を目に留め言った。
「どうです?」アディルが尋ねた。
「開錠に手こずっているところなんです」海自の隊員が答えた。
「では、いっそのこと、爆破して壊しましょう」中国軍の隊長が言った。
「え!」
「大丈夫です。我々がやりますから、下がっていてください」
「では、お願いします」
中国軍は、プラスチック爆弾らしきものを次々と鍵の部分に仕込んだ。
「ドーン!」鍵が破壊され、ドアが吹っ飛んだ。
ぽっかりと空いた留置場の出入口から中になだれ込み、寝ていたウイグル人を次々と運び出す隊員たち。
「では、海自の皆さん、あとはお願いします」
「了解しました」
中国の兵士たちは、そう言い残すと、上の方向へと上がっていった。村田とスティーブも、引き続き案内役として彼らに同行して行った。
「じゃあ、やるぞ」海自の隊長が言った。
すると、脳外科医らしき男が出てきて、廊下に寝かせられた数十体のウイグル人たちに対し、次々と麻酔を打ち、前頭葉に埋め込まれているVRの受像機を摘出する手術に取り掛かった。
「間に合いますかね?」真太が言った。
「間に合わせるんだよ。そうでないと、ネオ・クーロンごとおじゃんだしな」医者が言った。
「うわーっ! こりゃあ、前頭葉に喰い込んでるな! それと、前頭前野の聴覚野やら視覚野やらにも複雑に……。手間取るかもしれないぞ」開頭手術を始めた医者が言った。
手術をする医師たちを取り囲むように、自動小銃を持った海自の隊員たちが守っていた。
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