第42話

 同じ頃、ハーとジャオは、自分たちの部屋でPCの画面を眺めていた。

「白御神乱の操作画面が……」ハーがつぶやいた。

「消えた……」ジャオも言った。

 PC画面上に映されていたのは、file not foundの文字のみだった。

「では、やっぱり太宇は撃ち落とされたのか?」

「そうとしか、考えられん。撹乱情報なんかじゃなかったんだ!」

「大変なことになるぞ!」

「ああ、奴ら、何も分かっちゃいないからな」

「俺は、データを持って逃げる!」

「俺もな」

「他の連中には白御神乱のことを言うのか?」

「言うわけないだろ! 言えば、ネオ・クーロン内は大混乱になる。俺たちだけ、こっそり逃げよう」

「そうだな」

 二人は、自分たちがこれまでに作り上げたものを全てダウンロードし、ワクチンの資料とともにカバンに詰めはじめた。

 そこにテロリストがやって来た。指令室の前でワンを呼び止めたのとは別のテロリストだった。

「ジャオ博士、ハー博士、指令室が空っぽです。ワン先生たちがどこにいるのか、ご存じありませんか?」

「知らん! おおかた逃げたんだろう」忙し気に荷物を整理しながらジャオが言った。

「逃げた? ……どうしてですか?」

「分からん! お前たちが知らなくても良いことがあるんじゃないのか?」

「はあ……。ところで、お二方は何をなさっておられるのですか?」

「ちょっと整理だ」

 すると、廊下の方から別のテロリストの大きな声が聞こえてきた。

「総員、現状維持! 持ち場を離れるな! ワン博士からの指示だ。繰り返す。現状維持! 持ち場を離れるな! ワン博士からの指示だ」

「……だとのことですので、私も現場に戻って外からの守りに徹します」テロリストは、そう言って部屋を出て行った。

 ジャオとハーは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

「白ウイルスとそのデータ、こっちは全てオーケーだ」ジャオが言った。

「こっちも、システムに関するデータを全てダウンロードした。じゃ、出るか」ハーが言った。

 しかし、部屋の外には護りに入ったテロリストたちがびっしりと待機しており、大きなバッグを持った二人は、それだけで目立っていた。

「いくら仲間内とは言え、これじゃあ目立つな」ハーが言った。

「そう簡単に外に出るのは難しいかもしれんぞ」ジャオが言った。

「しかし、あとせいぜい一日くらいしか猶予がない……」ハーがつぶやいた。

「実際に、白御神乱が眠りから覚醒して暴走を始めるまでに、どのくらいの余裕があるんだ?」ジャオが尋ねた。

「そうだな、せいぜい持って、あと二十時間かな……。そうなると、もう二度と元に戻せない。下のまだメタモルフォーゼしてない連中も、もう制御不能になってるし、時間の問題だな」ハーが答えた。

「そうか。とにかく、急がないと……」


 階段下に集結していた真太たち。

 このとき、捜査室の二人の会話をシュングァンのスマホが傍受していた。イヤホンで盗聴内容を聞いていたシュングァンが慌てて言った。

「大変です! 皆さん。白御神乱は、今は眠ったままですが、二十時間後に覚醒して、暴走が始まるそうです。今、ハーたちの会話から分かりました。暴走が始まると制御不能に陥り、もはや元には戻せなくなるそうです」

「何ですって!」マギーが言った。「じゃあ、香港の人たちをもう一度避難させないと!」

「……それと、この下に拉致されているままのウイグルの人たちも、もう太宇で制御されてないので、いずれは……」

「怒りのせいで巨大白御神乱になるというのか?」

「ええ……。そして、ハーとジャオは、そうなる前にここから逃亡するみたいです」

「なるほど」真太が言った。「まずは井上大臣に報告して、マギーさんは……」

「私、すぐに放送室に行って、もう一度帰り始めている香港の人たちに伝えます!」マギーが言った。

「分かりました。では、気を付けてくださいね」俊作が言った。

 マギーは、階段下を出て、最上階に向かった。そして、俊作は、和磨にそのことを伝えた。

「和磨さん、そういうことなんです。あと二十時間もありません」俊作が言った。

「そうか、分かった。中国側には、こちらから報告しておく。マギーさんは、これからアナウンスするんだよな?」和磨が言った。

「ええ、たった今、放送室に上がっていきました」

「了解。こちらからもメディア等を使って、なるべく広くアナウンスする。もうすぐ、突入部隊がそちらに到達するから、もう少し頑張ってくれ」


 南シナ海を航行中の三隻の海上自衛隊の潜水艦内での会話。

「いくら政府間どうしで合意はできてるって言われても……。やっぱり緊張しますよね」

「ああ、そうだな」

「そろそろ、中国の領海です。交信してみます」

「こちら、日本の海上自衛隊所属の潜水艦「そうりゅう」、「どんりゅう」、「うんりゅう」。貴国領海へ侵入の許可を願います」

 少しすると、中国海軍からの返信が来た。

「こちら中国海軍。話は上から伝わっている。了解した」「ようこそ、中国の海へ」

「やった! 今日は記念的な日になるな」


 ネオ・クーロンに潜んでいる真太たちのもとに、和磨からの指令が届いた。彼らは、三階の階段下の倉庫にいた。

「和磨さんからの指示が来た!」俊作が言った。「各自への指示です。まず、俺と飯島さんは、地下へ行き、海に通じるゲートを開けます。そして、そこからやってくる海上自衛隊をウイグルの人たちが拉致されている部屋まで案内します」「村田さんとスティーブさんは、一階の搬入口あたりへ行き、扉を開けて待機。そこから突入してくる人民解放軍を案内します」「リウさんは、ウイグルの人たちの留置場そばに待機し、突入部隊が来たら、部屋を解放します」「サンディさんとシュングァンさんは、屋上へ行き、そこを解放しておき、空からやって来るヘリ部隊を案内します」「目的は、拉致されているウイグル人の救助。芹澤希望の救助。そして、テロリストたちの排除です。そして、各自の作業が終わったら、みんな屋上に集結し、そこにやって来る中国軍のヘリに乗り込んでここから離れます。以上です。何か、質問はありますか?」

「あの、マギーさんは?」リウが言った。

「ああ、そうそう、放送室は最上階にありますので、屋上に行く際、放送室からマギーさんも連れて行ってあげてください」

「じゃあ、私が放送室に声をかけます」サンディが言った。

「それと、ここに閉じ込められている、世界中から来ている人たちはどうなるんですか? もしかして、御神乱にメタモルフォーゼしてるかもしれませんけど……」リウが聞いた。

「助けられる人は、全て助けるようにとの指示が来てます。でも、彼らがメタモルフォーゼしてたら、どうしようもないかもしれませんね。さすがにロケットランチャーとかは持ち合わせていませんから……。充分、注意して下さい。銃器は、一人最低でも一つは携行しておいてくださいね」「じゃ、皆さん、よろしくお願いします。突入部隊が来るまでは、まだばれないように行動してくださいね」


 ワンが希望の部屋の前にやって来た。

「希望、入れてくれないか。少し話そう」

 ワンがそう言うと、希望の部屋のドアは、そっと開いた。


 マギーによる放送が、通常放送をハッキングして割り込んだ。

「香港の皆さん、香港に眠っている白御神乱は、あと二十時間ほどで覚醒し、暴走が始まります。もし、家に戻ろうとしている市民の方がいれば、引き返して、一刻も早く香港から逃げてください! 繰り返します! 香港に眠っている白御神乱は、あと二十時間ほどで覚醒し、暴走が始まります。市民に留まっている方々、そして家に戻ろうとしている市民の方は、一刻も早く香港から逃げてください!」

 自宅に帰宅していた市民たちが騒ぎ始めた。

「マギーが何か言ってる。御神乱が覚醒するらしいぞ」

「太宇は落下したんじゃないのか?」

 すると、スマホを見ていた人たちもざわつき始めた。

「政府からの広報だ。香港にいる白御神乱は、あと約二十時間後に覚醒し暴走が始まるって出てるぞ。こりゃ大変だ!」

「急いで逃げなくちゃ!」

 一度は市内の方向へと始めっていた人の流れは、再び香港の外へと流れ始めた。


 真太と俊作は、地下の階段を降りていった。

 北京へ向かって行った御神乱がつながれていた広大な場所。しかし、今はそこには一体の御神乱もいなかった。そして、幸いなことに、混乱を極めるネオ・クーロンでは、今やここに足を踏み入れるテロリストなど誰一人としていなかった。

「開門の操作パネルは、どこにあるってんだ?」俊作が言った。

 二人は隅の方にある小さな指令室らしきボックスに気がついた。

「あそこかもな」真太が言った。

「よし、行こう」

 そこには、各種の操作盤があり、おびただしい数のボタンとメーターが敷き詰められていた。

「何だ、全部広東語で書いてあるぞ。これじゃあ、分かんねえや。俊作君、広東語は分かるか?」

「いや、北京語は分かるんですけど、広東語はちょっと……」

「似たようなもんじゃないのか?」

「いやいや、漢字を使っているということ以外、全く別物ですよ」

「そうなんだ」

「でも、漢字の意味で、何とか解読してみます」

「いや、ラインの翻訳機能で何とかなるんじゃないのか?」

「ああ、そうでしたね。やってみます」

 俊作がスマホをいじってると、そこに和磨からの連絡が入った。

「はい、俊作です」

「俊作、開門はできてるか?」

「いえ、それがまだ……」

「急いでくれ。まもなく海自の潜水艦三艘がそこに到着するぞ」

「わ、分かりました。大至急やります」


 リウは、ウイグル人たちの収容されている房のそばに身を潜めていた。留置場の中のウイグル人たちは、全てゴーグルをつけられた状態で寝ていた。

「今はまだ大丈夫みたいね。でも、この眠っている人たちが、もうすぐ御神乱化するなんて……」そうつぶやくリウだった。

 同じ頃、サンディとシュングァンが屋上のドアに到達し、内側の鍵を解錠した。

「じゃ、私、マギーを呼びに行きます」サンディがシュングァンにそう言って、階下に降りて行った。

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