第41話

 芹澤宅のあったところへやって来た真理亜。屋敷の脇腹に大きな穴が開いていた。

「何これ!」

 そろりそろりと穴から中に入って行く真理亜。真理亜は、居間に落ちていたノートの切れ端を発見した。そこには、芹澤氏の書き記したものと思しき伝言が書かれており、以下のような文言が殴り書きのような乱雑な文字で書かれていた。


この書き置きを見つけた人へ


 私たち夫婦が大戸島へ戻ったときには、既に娘の希望は連れ去られた後でした。

おそらく、そのとき娘は、私たちに失望していたのでしょう。実は、私たち夫婦は、娘を何とかして東京へ送り届けるため、小笠原の島々をまわり、船の手配をお願いしてまわっていたのです。この段階で、娘は、既に東京に住む私の後輩の学者の家へ住まわせてもらうことになっていました。しかし、この話は島の人たちに知られてはいけませんでした。極秘裏に私たち夫婦で事を進める必要があったのです。しかし、希望は私たちが娘を捨てて島を出て行ったのだと思っていたのだと思います。

 やっと、ある漁師との話がついたとき、あの東京での悲劇が起きました。私たちは、それから二年ほど、大戸島には帰って来ることができませんでした。

 私たちがやっと帰宅できたとき、娘の姿はありませんでした。御神乱に食べられてしまったのか? 米兵や中国兵に殺されてしまったのか? 私たちは、気が狂ったように島内を探して回りました。

 そして、今日、ラジオで希望が香港に拉致されていることを知りました。それによって、怒りが私たち夫婦の身体駆け巡り始め、私たちの心を支配し始めています。既に背中が光り始めており、数日内にはメタモルフォーゼが完了し、我々は香港へ向こうことになると思います。私たちの怒りの矛先はテロリストにあるのです。

 もし、何らかの手段によって、それが可能であるならば、娘に私たちの行動の誤解を解いて欲しい。これは、その為の書き置きです。


芹澤 昭彦


「何てことなの……。テロリストのリーダーは、その、あなたたちの娘なのに……」真理亜がつぶやいた。

 真理亜は、芹澤の書き置きを写真に撮り、すぐさま和磨のもとに送った。それから、他に何か希望の真意のヒントとなるものがないか探していた。

 真理亜は押入れを開けた。しかし、押入れの下段に布団や荷物が有り、そこに人一人が隠れるだけのスペースは無かった。

 次に、キッチンに行くと、流しの前に放り出されたボウルやフライパンが散乱していた。不審に思った真理亜は、流しの下の扉を開けてみた。中には、毛布がくしゃくしゃに丸められていた。おそらくは、希望がそこに隠れていたのであろうことは、想像に難くなかった。

 その隅の方、毛布の間にはさまっている一冊のノートがあった。

「何だろう?」

 それは、希望の日記だった。そこには、彼女の日常生活、彼女の日々の心情が切々とつづられていた。それを読んでいくと、随所で次のようなフレーズに遭遇した。

「死にたい。でも、死ぬ前に、一度くらいは、みんなに誉められるようなことをして死にたい」「一度でいいから、人に褒めてもらいたい。私は、本当は世界の人たちを敵にしたくない。世界の人たちに褒められるようなことをして死にたい」

「やっぱり、死ぬつもりだったんだわ。そして、その前に世界中からテロリストを集めて、一気に白御神乱もろとも自殺するつもりだったんだわ」


「和磨さん、そういうことでした」真理亜は、和磨に報告した。

「そうか、分かった。中島さん、ご苦労様でした。飯島君と俊作にはこちらで報告するから、君は大阪へ戻ってください」

「はい」

 しかし、海岸で待っているオスプレイに戻った真理亜は、操縦士にこう言った。

「このままネオ・クーロンに飛んで。井上大臣には、了承済みよ」

「了解です」

 日本政府の中型ヘリは香港を目指して空の彼方に消えていった。


 アメリカの攻撃衛星は、ついに太宇の落下をとらえられる軌道に入った。

「こちらアメリカの国防総省です。これより、太宇の撃墜ミッションに入ります」堺市庁舎に国防総省からの連絡が入った。

「あと、三〇分しかない。よろしくお願いします」和磨が言った。

 攻撃衛星からレーザーが放たれ、それは太宇の後部推進システムを破壊した。

「太宇は、従来の落下軌道を大きく外れ始めました。自己制御システムも機能を失ったみたいです」報告する内閣府の職員。

「いつ、どの辺りに墜落するか、分かり次第教えてくれ」和磨が言った。

「了解です」

 しばらくすると、報告があった。

「アメリカ国防総省からの連絡です。撃ち落とされた太宇は、大気圏内に入り、あと十五分後にインド洋上に落下するとのことです」

 事態を見守っていた会議室に歓声が上がった。


 和磨から真太たちのもとに連絡が入った。

「和磨さんからの連絡だ!」俊作が言った。「ええと、みんなよく聞いてくださいね。白御神乱を操っていた中国の静止衛星太宇は、先ほどアメリカの軍事衛星によって撃墜され、インド洋に残骸が落下しました。そして、間もなく自衛隊と中国軍に対し、ここへの突入が発令されるそうです」

「良かった」マギーやリウがほっとした表情で言った。

「それと、中島さんが大戸島へ行きまして、そこでいくつか分かったことがあります」

「真理亜が! あいつ、大戸島に行ったのか……」真太が言った。

「まず、芹澤さんの書き置きです。……ここに添付画像があります」そう言いながら、俊作は、真理亜が撮影した芹澤の書き置きの画像をみんなに見せた。

「すれ違いだったんですね」マギーが言った。

「希望ちゃんの両親は、娘を見捨ててたわけじゃなかったんだ」真太が言った。

「ええ、それから、希望ちゃんの日記が見つかりまして、そこから推理されることは、彼女とワンは、世界中のテロリストをここに集めて、白御神乱とともに太宇で消滅させることだったみたいです。自分たち二人もそこで死ぬつもりだったみたいですね」

「ああ、なんてこった……」真太が言った。

「ただ、二人以外のテロリストは、そのことについて、何も知らないみたいなのです」

「じゃあ、太宇を撃ち落とされた希望さんとワンは、どこかで自殺を図ろうとする可能性があるということですか?」スティーブが尋ねた。

 その言葉にマギーが反応し、険しい表情を見せた。

「その可能性は高いと思います。ですから、なるべく早く希望さんを発見して下さい。この建物内のどこかに潜んでいるはずですから」

「他に、何か質問はありますか?」俊作が言った。

「あの……、白御神乱は、もう大丈夫なのですか?」マギーが聞いた。

「太宇が落ちたので、彼らはスリープモードがオンになったままずっと眠っている。だから、大丈夫なのではないでしょうか」俊作が言った。


 ニュース速報が流れた。

「今、入って来たニュースです。香港に追突するとみられていた静止衛星大宇ですが、先ほど、アメリカの攻撃型軍事衛星によって撃墜され、破片はインド洋上に落下したとのことです。なお、このミッションは、中国政府、日本政府が共同でアメリカ政府に依頼したということです」

 このニュースが流れたことで、香港市民はひとまず安堵し、自宅へ戻ろうとしはじめた。北部の丘陵、そして東西に伸びる人で埋め尽くされていた道が、逆流し始めた。


「ネオ・クーロンへの突入を発令する! 待機していた部隊は、直ちに香港へ向かえ」

 太宇撃墜の報を受けた日本の防衛大臣は、ネオ・クーロンへの突入命令を発令した。

「了解です」

「南シナ海に待機している潜水艦部隊は、直ちに香港のネオ・クーロンに向かえ」

 日本の潜水艦部隊は、一路、香港へと向かい、同時に、中国からも軍用ヘリがネオ・クーロンへと向かった。


 しかし、太宇撃墜のニュースは、希望とワンには喜ばしいニュースではなかった。彼らだけは、ひどく動揺し、そして失望していた。

「太宇がやられた……」呆然として独白する希望。

「希望……」ワンが声をかけた。

「もうだめだわ。もう全て終わりよ!」そう言うなり、希望は指令室を飛び出して行った。

「おい! 希望」ワンが希望の後を追って、指令室を出て行った。

 ところが、走って部屋を飛び出したワンの腕をつかむ者がいた。

「ワン先生、太宇撃墜の情報は本当でしょうか? みんな動揺しています。これからの指示をお願いします」指令室の外にいたテロリストがワンを呼び止めたのだった。

「本当だ。だが、白御神乱はそのままだ。今後も、総員配置のまま各持ち場を離れることなくネオ・クーロンを守れ。いつ、群衆や軍隊が来るかもしれんからな」

「分かりました。皆に伝えます」

「うん、よろしく頼む」

 ワンは、そう言うと、希望の消えた方角を追って、階段を昇っていった。

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